13
(ねえ、聞いた?白河様が家に戻されたって話)
(あれ本当だったんだ!でも、それじゃあ白河様はどうなるの?)
(何でもこの学園を辞めるとか何とか…)
俺の行く先々で飛び交う噂。
そう、会長が家に戻されると言う、噂。でもその噂は本当だ。
「今日はこの話ばっかだな…」
「うん、そうだね」
裏庭に向かう最中にも飛び交う噂に、大樹も蓮も辟易していた。
「でも、そうなると学園祭とかどうなるんだろ…」
「な。後、生徒会もだよな。て言うよりあの人、耀のガーディアンだろ。それとかどうなるんだろ」
「うーん、分かんないなぁ。あ、そう言えば会長のお父さんて劇の練習中に入って来たんだよね。宗介その時見て……宗介?」
ひょこっと蓮が俺の顔を覗き込む。それによって俺の意識は戻された。
「あ、悪い。ボーっとしてた」
「大丈夫?何か顔色悪いよ?」
蓮と大樹が心配そうに俺を見る。俺はそれに笑って大丈夫と答えた。いけない、二人に心配かけてどうすんだ。俺が悩んだってどうしようもないことなんだ、今回の事は。けど、どうしてだろう。
あの時、最後に見た会長の顔が、忘れられない。
*
「今すぐ家に戻るぞ晃聖。着いてきなさい」
「な、ちょっと待って下さい…!」
言うだけ言って部屋を出ようとする男に人に、他の生徒が声を掛ける。
「今すぐって、会長がいないと劇が…」
「関係ないだろう。もう、晃聖はこの学園を去るのだから」
何を言っているのか分からなかった。俺だけじゃない、恐らくこの部屋にいる皆が、その人の言っている意味が分からず固まっている。
「それとも何か?キミはこの私に何か文句でも?」
監督である先輩の前に立ったその人は、何とも言えぬ威圧感を放つ。それに気圧されに、皆一様に黙り込んだ。
「ないのなら黙っていろ」
「――父さん、此処に居たんですか」
そしてもう一人。若い男の人が部屋に入って来た。ピカピカの靴に質の良さそうなスーツ。急な展開についていけない俺達は、え?え?とオロオロと顔を動かすしか出来なかった。一体何なんだこの人たち。
「私は先に戻る。お前は晃聖と一緒に戻ってこい」
「ああ、分かったよ」
それだけ言って、厳格そうな男の人は会長の顔も見ずにそのまま部屋を出て行った。ご丁寧に護衛の人を何人も連れて。残った若い男は、その人が部屋を出るまでは笑顔で後姿を見送っていたが、その人の姿は見えなくなった瞬間、突然顔つきが変わった。
そして近くにあった台本を手に取ると、それを思い切り会長に投げつけた。近くにいた実行委員の子が小さく悲鳴を上げる。
「し、白河様!!」
「……」
「んで俺がお前なんか迎えに来ねぇといけねぇんだよ!!」
呆気にとられた。あまりの豹変ぶりに、周りも騒然としている。けど、俺が一番驚いているのはそこじゃない。何でだ、どうして会長は全く避ける素振りを見せないんだろう。角の硬い所がぶつかったせいか、額が赤くなってしまっている。それでも会長は、一切表情を変えることなく、ただジッと若い男を見ていた。
「お久し振りです。兄さん」
「何だその目……」
え…?と思わず会長に目を向ける。お兄さん?この人が?でも、何と言うか、はっきり言うと全然似てない。これっぽっちも。カケラも。あれ、でもこの人がお兄さんと言う事は、さっきこの男が呼んでた父さんと言うのは、会長のお父さんなのか?
「いつもいつも舐めたような口ききやがって…!」
「そんなつもりは御座いません」
それにしても、この男の人。こんなに鼻息荒くして捲くし立てる位会長の事嫌いなんだろうか。とても兄弟にとる態度には見えない。しかも会長の態度が普通過ぎて温度差を感じる。冷静さをそのままに、兄の言葉に丁寧に答える会長に、その人は余計苛立ちを募らせたのだろう。顔を盛大に歪め、今度は近くにたてかけてあった細長い棒を手に取った。
その先は容易に想像がついた。その棒をどうするかなんて、きっと誰もが理解しているだろう。けど、きっと会長は動かない。今もただジッと、さっきと変わらずその場で兄を見ているだけだ。そして、俺はそれが分かっていて、会長の前に立った。会長のお兄さんが棒を投げつけるよりも早く、会長の前に立ちはだかってしまった。
「――っ!」
会長が後ろで驚いているのが伝わった。そして俺も、きっと襲うであろう痛みに備え、ギュッと目を閉じる。しかし、来るはずの痛みが一向に訪れない。しかも周りも何故か静まり返っている。あれ?と不思議に思い恐る恐る目を開けると、俺の前に誰か立っている。俺が会長の前に立って棒が飛んで来るまでのあの一瞬で一体誰が……そう思ったのだが、目の前で綺麗に光り輝く金髪を見て納得した。
「な、凪さん」
「お前は黒岩家の……雷霆ッ!」
綺麗に真っ二つに切られた棒が、俺の前に立つ凪さんの足元に落ちていた。