伝説のナル | ナノ


12

 本番まで、残り一週間を切った。もう学園は準備期間に入るらしく、生徒たちも慌ただしく出し物の準備をしている。俺は少ししか出し物を手伝えないから、今頑張らないと。そう思ってKクラスが何をするのか聞いてみたところ、ただこの教室を休憩所として貸し出すだけらしい。

「何でみんなクラスで出さないんだ?」
「まあ皆学園祭より勉強とか、そう言う方が大事なんじゃないかな。俺は結構楽しみにしてたんだけど」
「俺もだ…」

 冥無には部活もない。魔導士が一般人に交じるのがマズいからだそうだ。しかし、委員会などに、報道委員会や演奏委員会など、文科系の部活と変わらない委員会があるみたいだ。そう言う訳で部活の出し物を手伝うと言う選択肢もなく、俺達は本当に当日他のクラスを見て回るだけとなった。まあそれはそれで楽しいかな。蓮とも一緒に沢山回ろうって約束したし、何もしない分練習も沢山出来る。これはチャンスだ。

「そう言えば宗介、劇はどう?上手くいってる?」
「ああ、割と順調に進んでると思う」
「それはそうとさ……」

 蓮が辺りを気にしながら、声のトーンを落とし耳打ちしてきた。

「今回の劇で、コンバートの秘薬を使うってホント?」
「コンバート…?」

 何だそれはと首を傾げるも、フと思い至る。もしかしてあれか。会長が女の子になる時に使うあの液体。それを伝えると、やっぱり!と蓮が少し興奮した。何でもあの薬は出回る事がない秘匿薬品とやらに分類されているらしく、冥無では許可を得られれば使用可能な薬らしい。どうしてそこまで厳重な薬なのか。それは、あの薬の副作用が原因しているとか。

「でも、会長が副作用の影響を受けていた様には見えなかったけど…」

 衣装を合わせた日から、あの後二度ほど会長はあの薬を飲んだ。けどその後会長は俺の練習に長々と付き合ってくれた。その時には、そう言う症状は無かったと思う。

「それは会長が治癒能力――ヒールを際限なく使う事が出来るからじゃないかな」

 光の属性を持つ者のみが習得可能な治癒能力。それを使えるのは会長と保険医の先生だと前凪さんが言ってたな。しかし会長のそれは、ただ傷を癒すだけに留まらず、あらゆる毒をも浄化させる力を持つそうだ。成る程、会長はその力で副作用の効果を打ち消していると言う訳か。

「因みに副作用ってどんなんだ?」
「それが、そんなに飲んだことある人いないからあまりよく知られてないんだ」
「ああ、だから俺に確かめたのか」
「うん。まあまさか会長が飲んでいるとは思わなかったけど」
「蓮、この事は……」

 そう言えば会長が女の子になるとか、思い切り蓮に話してしまった。でも蓮は俺が蓮に黙っててくれと頼む前に、絶対誰にも言わないと約束してくれた。自分が聞いたのが悪かったからごめんとまで。ホント良いヤツだな。
 でも、そうか。気になるな、その副作用がどんなものか。





「大分、王子が板についてきたな」
「本当ですか?それなら良かったです」

 今日も全体練習の後に会長と残り練習していた。珍しい、会長が褒めてくれるなんて。思わず嬉しくて笑うと、会長が目を丸くさせた。

「どうかしましたか?」
「いや…俺の前で笑うのは初めてだな」

 思わず、え…?と声が漏れる。そうだったか?思わず首を傾げる俺を、会長が無表情に見据えてくる。俺も、見たことない訳じゃないけど、会長が笑うのはあまりみないな。基本涼しい顔と言うか、表情を崩さないから。

「いつも緊張している様な感じだったからな」
「それは、今もしてますよ…」

 何と言うか、同じ先輩でも那智先輩とは全然違う。同い年の筈なのに、何て言うか上司?みたいな感じだ。それをそのまま伝えると、会長はまた目を真ん丸くさせ、そしてクスリと笑った。
 その表情が、今まで見た会長の笑顔の中で一番年相応に見えた。

「気を悪くさせたらすいません」
「いや、いい。確かに俺は会長の位置にいて、皆を引っ張る役割を担っている。そう感じてもおかしくないかもな」
「ですが、比べられたら嫌ですよね…」
「まあ、那智とは何もかも正反対だからな。比較対照にはもってこいだ」

 確かに、先輩と会長は対照的だ。属性も、性格も。

「家の事でもそうだ。俺は表舞台で活躍する白河家の跡取り。対して那智は裏社会で活躍する黒岩家の跡取りだ」
「え…」
「そして白河と黒岩は昔から友好関係を築いている。だから表向き、彼らは白河家に仕える形となっているが、とても表に出せない仕事を彼らに回すこともよくある事だ」

 先輩や凪さんの家がどう言う家系なのか、俺は初めて知った。かなり厳しい家だと言うのは知っていた。厳しい訓練を受けている姿を、あの記憶の中で見て来たから。けど、表に出せない仕事って…。

「恐らく、那智は俺に仕えることになるだろうな」
「そうなんですか?」
「ああ。次期当主の護衛は次期当主にこそ相応しい。そう考える連中も居たみたいだ」
「……?」
「今はどうだろうな。那智が本物のガーディアンになってしまったからにはそうはいかなくなってしまった」

 そうか。会長の言っている意味が、漸く分かった。

「今先輩は、ナルに仕えている…からですか?」
「そうだ。そしてそれは俺も同じこと」

 色々複雑になってしまった。そう言って一つ溜息を吐く会長。俺には跡取りの問題とかそう言うのは全然分からない。だからきっと会長の苦労を理解することは出来ない。でも、一つだけ、俺にもできる事がある。

「会長」
「なんだ」
「頑張りましょう、演劇」

 フフッと、笑いが堪え切れず漏れ出す。会長はそんな俺を、少し驚いたように見ていた。

「会長の疲れや苦悩が吹っ飛ぶ位、楽しい演劇にしましょう」
「ああ……そうだな」

 そうすればきっと、さっきのように笑えると思うんだ。
 俺の精一杯の応援に、会長が小さく笑った。





「こんなくだらない事をしていたのか」

 しかし終わりは突然やって来る。

「こんな茶番に出るなど聞いていない。今すぐ家に戻るぞ」

 学園祭まで後五日。全体練習の最中突然乱入してきた厳格そうな男の人。
 その人は会長を見てそう言い放った。
 周りが騒然とする中、俺はゆっくり会長へと視線を移す。

 ――この状況を、まるで遠くから見ている。そう思わせるぐらい何の表情も浮かべていない会長を見て、俺は言葉を失った。

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