伝説のナル | ナノ


11

「俺の家に、図々しい居候がいてさ。ホント、毎日が窮屈だったよ」

 そう言って儚げに笑う耀の周りで、クラスのやつ等や生徒会のメンバーが「可哀想に」と口を揃えて同情した。俺はその話を、少し離れて聞いていた。那智や日比谷も、俺の傍でその様子を見ていた。

「耀の従兄弟だってー。可愛いのかなぁ?」
「あ?耀より可愛いやつとかそういねぇだろ」
「分かんないよ?もしかしたらカッコいいのかもしれないし」

 見たことも会ったこともない耀の従兄弟。耀から聞いた悪い印象だけが皆の心に残った。だからあの日、転校生の情報を見た時には驚いた。耀の話していた従兄弟が、此処に来ることになったんだから。しかも何故か俺に案内役の話が回って来た。正直乗り気ではなかったが、学園長からのお達しとなれば引き受けない訳にはいかない。
 そして、噂でしか聞いたことのなかった彼に会った。安河内宗介。初めて会った時はその顔を覆い隠す長い前髪に不快感さえあったが、その容姿とは裏腹に垣間見えた彼の瞳は好奇心で光り輝いていた。何がそんなに気になっているのか、思わず問い掛けたが、彼は俺に質問することはなかった。遠慮しているのか何なのか俺には分からないが、その時感じた彼の印象は、耀から聞いていた印象とは大分かけ離れていた。今こうやって彼と話していて、その感覚は間違いなかったんだと気付かされた。そしてそれは俺だけが感じていることではない。
 特に顕著だったのは那智だ。

『晃聖、昨日はごめんねー』
『別に構わない』
『でも本気だから。本番は仕方ないけど、練習では宗介に必要以上に触らないでね?』

 この前彼と少し荒療治ともとれる練習をした時のことを、那智は笑顔で忠告しに来た。謝罪をしたいのか忠告したいのかどちらかにして欲しいものだ。けどここ最近、那智は本当に変わった。ヘラヘラ食えない感じなのは変わらないが、那智が本物のガーディアンになってからは纏う雰囲気が変わった。そして、安河内宗介を見るその瞳も変わった。隠すつもりは端からないのだろうが、あの様子じゃ本人は気付いていないんだろうな。
 けど、一番驚いたのは那智の変貌ぶりではなく、今まで弟の事しか考えてなかったあの凪が彼に尽くしていると言う事だった。恐らく、それを本気で面白くないと思っているのは耀だろうな。耀が、凪に好意があったのは周知の事実だ。それを、あんな風に扱われたら流石に耀も傷付いただろう。あんまりな言い方に思わず日比谷と二人で凪を責めるが、返って来たのは耀への謝罪ではなく、安河内宗介を擁護する言葉だった。
 小さい頃から凪を知る俺は正直驚いた。恐らく日比谷もだろう。あの凪が、仕事以外で一人の人間を護る様な動きを見せたのだから。まあ、あれだけ大きく動けば噂も回る。凪のお気に入り、姫が嫌う人間。様々だ。彼はすぐに噂の渦中にある人になった。けれど、そこからだったか。耀が今まで以上に安河内宗介を敵視し始めたのは。周りのやつ等は耀の言葉に付き従って、一緒になって彼を敵視する。俺も、耀のガーディアンとなった以上は、彼の望みは出来る範囲叶えてやりたいと思っている。それが、ガーディアンとしての義務だと俺は思うから。しかし、何故だろうな。彼を……安河内宗介の傍でこうしていると、耀の望む様に敵視出来ない。今では普通に見ることの出来る彼の瞳を見ると、どうしてもその気になれない。それどころか、何か惹かれるものを感じる。何なんだろう、この感じは。全く分からない。

『こーせーは真面目に考えすぎなんだよ』

 いつか、那智に言われたことを思い出す。
 真面目過ぎ、か。少しは肩の力を抜けば、この妙にモヤモヤした気持ちを取り除くことが出来るのだろうか。


「会長?大丈夫ですか?」
「……ああ。すまない。大丈夫だ」


 もう少し彼の傍に居れば、何か分かるのだろうか。
 那智や凪が、彼に惹かれる様に、何かが。
 それは俺には分からない。けど、分かる時が来るような気がするんだ。
 だから、那智には悪いがもう少しこの時間を有効に使おうと思う。
[ prev | index | next ]

bkm