伝説のナル | ナノ


10

「おーいいね!今のグッと来たよ!」
「あ、ありがとうございますっ」

 初めて監督の人から褒められた。嬉しさのあまり声が上擦ってしまうぐらい。そして直ぐに会長に顔を向けた。会長は俺を見て、うんと一つ頷き、そして薄ら笑った。それが少しは認めてもらえたような気にさせ、更に俺を喜ばせる。

「それじゃあ、今日は此処まで」

 三時間にも満たない少ない練習時間ではあるが、確実に演劇は纏まりを見せている。最初は俺に良い印象を抱いていなかった周りの人達も、徐々に声を掛けてくれるようになり、俺の演技の応援をしてくれる。どうやら俺の頑張る姿が好印象に繋がったようだ。けど、俺が頑張れたのは偏に会長のお蔭だ。あれからずっと、俺の練習相手を務めてくれている。そのお蔭で大分演じるのが上手くなってきたと思う。取り敢えず、人に見せられる様な形にはなってきた。

「今日もやるぞ。そろそろラストのシーンだ」
「はい。お願いします」

 終わると同時に会長が声を掛けて来てくれた。最近は会長から誘ってくれるから嬉しい。ずっと嫌われてると思ってたから尚更。そして最近使用する自習室へ行き、俺達は練習を再開した。

「此処はもう少し感情を抑えた方がいいか…」
「はい。なら俺はもう少し感情的になった方がいいですかね」

 最初の練習以来、ああ言った直に触れてくるような練習はしなくなった。まあ一度受けたし、何とか凌げてはいる。それに俺が出来なかったら、会長がすかさずフォローしてくれた。会長にはおんぶに抱っこで申し訳ないけど、改めて会長の凄さを思い知る。何と言うか、完璧って感じだ。

「安河内くん…?どうかしたか?」
「あ、すいませんっ。もう一度お願いします」

 考えに耽っていた俺を、会長が不思議そうに見ている。ヤバい、今練習中なのに。しっかり集中してやらないと。意気込み直して会長と向き合うと、無表情な会長と目が合う。ジッと逸らされる事なく俺を見つめるその視線に、居心地の悪さを覚える。この感じ、此処に来て初めて会長と会った時にも感じた感覚だ。あの時も、ジッと見つめられて見つめ返した記憶がある。

「あ、あの会長…?」
「キミは、随分と違うな」

 フイッと、会長が俺から視線を外し、窓の外を見る。夕日のせいなのか、それとも会長の魔力の高さからきてるのか分からないけど、その瞳の色は仄かに紅く揺らめいている。

「違うって、何がですか?」
「俺は、キミがこの学園に来る前からキミを知っていた。耀から聞かされていたからな、同居者の話を」

 耀から――それで何となくわかった。良い事は決して言われていなかっただろう。だからか、会長が初対面であんな不機嫌だったのは。端から俺に良い印象を抱くはずなかったんだ。

「しかし、実際会って話すキミは大分聞いていたキミとはかけ離れていた。もっと不遜とか横柄とか、そう言う言葉が合う男だと思っていた」

 一体耀はどんな事を話したんだ?て言うか、俺そんな態度とった憶えないんだけど。

「それに瞳も――」
「え?」
「真っ直ぐ、純粋な瞳をしている」

 会長がジッと見つめていたのは、そう言うことか。そんなところを見られていたなんて、何か少し気恥ずかしい。自分では純粋なのかも分からないし。
 気恥ずかしさを紛らわそうと頬を掻いた俺は、ハタとそこで思う。

「会長は……」
「なんだ」
「会長は、耀の何処が好きなんですか?」

 俺の問いに、会長が目を丸くした。その様子に、俺の質問の悪さに気が付く。

「う、すいません。今のは忘れて下さいっ」
「いや…」

 慌てて頭を下げるが、会長は顎に手を当てたまま止まってしまった。そして何かを考え込むように目線を落とす。

「あ、あの、会長?」
「――分からない」
「え?」

 俺の問い掛けに、少し間を空けて会長は口を開いた。しかし、返って来たのは分からないの言葉。思わず首を傾げる。

「ただ魔導士の性質として、魔力の高い者に惹かれると言うのはよくある話だ」

 そうだったのか。しかし会長がこんな俺の思い付きの質問に真剣に答えてくれてるんだ。話の腰を折る訳にはいかない。取り敢えず、へぇと間抜けな声を出すしか出来なかった。

「耀の魔力に惹かれているのかどうなのかは俺自身には分からない。けど、あいつの何事にも前向きに取り組む姿勢は評価している」
「…はい」

 そう。確かに耀は人を見下すし、馬鹿にするし、性格が悪いけど、それを上回る才能で皆の上に立つやつなんだ。その為には多少の努力も必要だと考えているのか、一度決めたことはきちんとやり通すだけの実行力がある。それは俺もあいつの凄い所だと思う。まあ、性格悪いのは俺に対してだけだし。

「しかし」
「はい」
「魔力に惹かれると言う点においては……」

 そこで言葉を切った会長が、再び俺を見つめてくる。え、今度は何だ。

「何故だろうな。キミからも何か感じるものがある」
「…え?」
「いや、何でもない。それより、無駄話はこれくらいにして、練習を再開しよう」
「あ、はい」

 そう言って会長は台本に目を落とす。俺も、今度こそ集中しないと。
 けど、今の言葉が気になる。

 俺から感じるもの……一体、何だろう。
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bkm