伝説のナル | ナノ


7

 正直、俺は甘く見ていた。そう。俺が居るのは何処だ?
 魔導士が集まる冥無学園だぞ。
 演劇が、ただの演劇になるはずがなかったんだ。





「君の属性は……確か、雷だっけ?」
「あ、はい…」

 たぶん、とは口に出せない雰囲気だった。俺自身、戸惑っているから。あの実技試験以来、俺まともに発動出来ないんだ。いや、あれも発動したとは言い難いけど。導具精製の時は、力自体を注ぐだけだからあんま属性関係ないけど、未だに俺は実技の授業、一度もまともに発動できない。実技の先生も呆れてものも言えない感じだし。

「けど、どうする。このシーンは結構派手に魔導を使いたいとこだけど」
「ならこの時にあれを…」

 話を考えた人たちなのだろう。念入りに打合せしている。顔合わせの日から五日。俺も少しは台詞を覚えてきた。しかし、まさか魔導も使う事になるとは。先行き不安だ。

「でも彼、導具を使ってもきっとそこまでの魔導には至らないよ」
「んー、ならどうするべきか……」
「――なら、俺が支援しよう」

 凛と高く澄んだ声が俺の鼓膜を震わす。皆がその声に釣られる様に、俺もそちらへ顔を向けた。そこに立っているのはいつもの制服に身を包んだ会長――ではなく、純白のドレスに身を包んだ女の子が立っていた。ほぅ…と周りからは感嘆の息が漏れる。

「し、白河会長……気分は大丈夫ですか?」
「ああ。取り敢えず、関節の痛みなどは消えた。問題なくやれそうだ」

 その声も姿も間違いなく少女のものなのに、紛れもなくこの人は白河会長なのだ。ドレスの試着も兼ねて、今回はこの姿で居る事になっている。衣装担当の子が、会長位の可憐さ美しさがあるなら、序盤はショートラインでいいよね!と興奮気味言っていた。よく分からないけど、今会長が着てる膝上までのドレスの事らしい。まあ、確かによく似合っている。いつもの会長がこれを着ることはまず出来ないだろうけど。
 そう、此処は冥無なんだ。こんな風に、女性に変身することの出来る導具も生み出すことが可能なのだ。ホント、まさか此処までする演劇だなんて思いもしなかった。

「俺はその時舞台裏で待機している。彼の支援をすることも可能だ」
「でもそうすると、この最初のシーンでの魔導が…」
「この場面では俺も彼と同じ舞台上に居る。上手く彼が使っているように見せるさ」
「そうですか。ではお願いします!」

 一見無理難題に聞こえるが、他の皆に会長の力を疑う者はいない。会長の一言で、全てが決まった。ああ、つまり俺は自分で魔導を使う必要はないのか。会長には負担をかけるけど、ちょっと一安心。

「それじゃあ、そろそろ…」
「ああ、安河内君だっけ?キミもさっさと着替えて来てよ」
「あ、すいません。今着替えてきます」
「ったく、早くしろよな」

 引き止められたから着替えに行くのやめたのに。まあいいか。俺は先程衣装の子から受け取った服を掴み、隣の教室へ移動する。そして服を広げてみて首を傾げる。
 ん?これどうやって着るんだ?

「えっとー…?これを着てから…あれ、これはどうやって付けるんだ?」

 服を着たのはいいけど、何だか制服やTシャツと違って余裕がないと言うか、伸びないとか言うか。凄く着辛い。と言うか、俺襟の方のボタンを外すの忘れてた。頭が抜けない。ああもう、何かボタンを留めるのも難しいぞ、えっと、まずこの奥のを外して――。

「ちょっと、いつまで掛かるの!」

 ガラッと扉を開いて怒鳴りながらやって来たのは、恐らく衣装の子だろう。いや、そうは言うけど、会長の時は皆で手伝ってたけど、俺着方わからないし。まあ、ドレスよりは簡単かもしれないけど。

「ああ!ちょっ、そんなことしたら襟がよれる!早く脱いでよ!」
「や、ちょ、前が見えなくて脱げなくて」
「全く、どんくさっ」

 この学園の男って結構辛辣だよな。特にこう言う可愛い顔してる男。今のはそれなりに傷つく。本当のことだから言い返せないけど。俺、ホント不器用だよな。

「ほら。これで頭通るでしょ」
「え…あ、ほんとだ」

 スポッと漸く顔を出せた。目の前にはムスッと仏頂面の衣装の子が居た。いやいや、本当に助かった。

「悪い。ありがとな」
「……!」

 俺のお礼に対し、何故かその子はポカンと固まった。え、何かいけなかったか?そうかと思えば突然顔を赤くし、勢いよく立ち上がると、「ちょっと待ってて!あ、チュニックの下はちゃんと穿いといてよ!」と言って教室を出て行く。俺が何なんだと不審に思いながら下を穿いていると、すぐに勢いよく戻って来たそいつは、俺の肩を鷲掴み無理やり席に座らせると、ガシガシガシ!と髪を弄って来た。ええ、どうしたんだ急に。
 と言うか、俺まだ着替え途中なんだけど。とは言えず、勢いに押されっぱなしの俺。気が済んだのか、ふむっと俺の姿を全身くまなく見ると、最後に俺が手こずっていた腰のベルトとマントを装着してくれた。うーん、動きづらい。靴は今度までに用意しとくと言って、衣装の子が早くと俺を急かす。何か慌ただしいヤツだな。
 にしても、此処までかっちり着込んだことないから何か落ち着かないな。そう思いながら扉に手をかけた。

「すいません、遅れました」
「ホントおせぇよ。会長待たしてんじゃ…ね…え…?」
「どうした……?」

 委員の人が苛立っているのが分かり、本当にすいませんと頭を下げる。しかし、室内が変に静まり返っているのが不思議になり、顔を上げると、全員が目を丸くしていた。え?何?何なんだ?

「安河内君…か?」
「はい。そうですけど」
「ははっ…これはこれは…想像以上だ…」

 恐らく今回の監督を務めるであろう先輩が、突然笑い出した。何か信じられないものを見る様な目のまま。

「これは凄い演劇になるぞ。主役二人がこの出来映えだ」
「は、はあ…」
「よし!会長の効力が消える前に冒頭を少しやってみるぞ!」

 何だか分からないが、やる気になった先輩の指示で、すぐさま立ち位置などを確認する。ああ、でもまだ本番でもないのに緊張するな。台詞、飛ばないといいけど。少し不安になる胸の内を鎮める様に深く息を吸う。と、その時、俺の横に立つ会長と目が合った。
 その真っ直ぐな瞳に思わずドキッとする。何か、目がキラキラしているように見えるのは俺の気のせいかな。まあ女の子の姿だし、余計にそう感じちゃうのかもな。

「……綺麗、だな」
「え?」
「いや、何でもない」

 ポツリと会長が何かを呟いた。その声は周りの野太い声やら甲高い声やらに掻き消されたけど、会長の少し照れた様子に、俺は何て言ったのか少し聞きたかったと思った。ホント、少しね。


「――よし、始めるぞ!!」

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bkm