伝説のナル | ナノ


2

「此処がキミの部屋だ」

 案内されたのは二階の角部屋。扉の横に立った男は、徐に懐から袋を出し、青色のカードキーを取り出した。

「これがキミのカードキーだ。これをこのドアノブの上にある穴に差し込むと鍵が開くようになっている」

 男がカードキーを差し込むと、ピピッと軽快な電子音が鳴り、続いて鍵の開く音がした。わあ、すっげぇハイテクだ。思わずほわぁと間抜けな声を漏らす。

「中に同室者が居る筈なんだが……」

 そこで言葉を切った男は、部屋の横に掲げてある表札を見て少し眉を寄せた。俺も釣られてそちらを見ると、二人分の名前が書いてあった。日比谷尚親と安河内宗介――俺と、もう一人が同室の人なんだろう。ああ、ヤバい。緊張する。

「日比谷が同室か……取りあえず、中へ入ろう」
「あ、はい」

 ポツリと何かを呟いた男は、そのまま扉を開け、中へと入ってしまった。俺は一瞬留まったが、ここが俺の部屋なんだ。入らないことには進まないと思い、部屋の中へと足を踏み入れ、暗い玄関の中へ入る。

「――何でテメェが此処にいやがる…」
「転校生を連れてきた。今日から此処が彼の部屋になる」
「断る。さっさと出てけ…」
「学園からの命だ。お前の言い分を聞く気はない」

 入った瞬間後悔した。二人の言い争う声が聞こえたからだ。と言うか、凄く同室の人が怒ってる。たぶん二人分の名前しかなかった所を見ると、今まで一人部屋だったんだろう。そこへ俺が入ると聞いて怒っているんだ。どうしようか。一触即発の二人は、顔見知りなのか?それにしては仲が頗る悪そうだ。
 今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気に耐え切れず、俺は自分の問題なのだからと、意を決してリビングの方へ向かった。そして現れた俺に、同室の人が気付いたのか、視線だけを此方へと移してきた。そして直ぐに不快そうに顔を顰める。人の顔を見るなり失礼な人だ。

「冗談じゃねぇ…」
「後は好きにしてくれ。お前がどうしようが俺の知ったことではない」
「あー…うぜ」

 同室の人は、ガンッとソファを蹴るとそのまま俺の方へ歩いてきて、俺を素通りして部屋を出て行った。何だあれ、完全無しか。

「まあいい。とにかく、あそこの扉がキミの部屋なはずだ。荷物もそこに置いてあるだろう」
「すいません。ありがとうございます」
「後はパンフレットに書いてある通りだ。始業式まで時間があるんだ…この三日、ゆっくり学園中を見て回るといい」

 質問はあるか?そう聞かれて俺は首を横に振った。もう部屋まで案内してくれたし、同室の人にまで何やら説明してくれたみたいだし、これ以上は迷惑かけられない。さっさと解放できずに申し訳ないことをしたな。

「助かりました」
「…別に構わない」
「それじゃあ、俺は部屋の片づけがあるんで、失礼します」

 此処で別れを切り出すのが妥当だろう。俺は深々と頭を下げ、俺の自室になる部屋のドアを開ける。そしてそのまま、一度も振り返らず扉を閉めた。暫く扉の前に立っていた俺だったが、外で聞こえるドアの閉まる音を聞いて、彼が出て行ったことが分かった。
 思わずはあぁと、大きなため息をついてしまう。出会って早々、二人の人に嫌われたなぁ。此処に来てまだ一日も経ってないけど、もうすでに限界が近い。帰りたい、あの学校へ。そう願うことしか出来ない無能な自分に嫌気がさした。

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bkm