伝説のナル | ナノ


6

「ありがとう…ローゼ…大切にするよ…」
「おいっ、安河内…!」

 何やら焦ったように名前を呼ばれ、フとそこで意識を戻される。隣で田辺先輩があちゃーと言う顔をしている。その反応にへ?と間抜けな表情を返していると、教卓の前に立っていた先生が大きく咳払いをした。し、しまった。

「いくら今回主役をやるからと言って、その授業態度は如何なものかな」
「す、すいません」
「この授業は集中力が必要と言っただろう。やる気がないなら出て行きなさい」
「気を付けます…」

 やってしまった。これはどう考えても俺が悪い。一刻も早く覚えないとと思ったら、もう台本が離せなくて、つい授業中にまで台本に目を通してしまう。只でさえ魔導の勉強が遅れていると言うのに、俺は何をやってるんだ。自分の情けなさに思わず大きく溜息を吐くと、隣の先輩がポンポンと背中を叩いてきた。

「まあそう落ち込むなって。それより実験やろうぜ」
「は、はい。ありがとうございます」
「それとあんま無茶すんなよ。また入院とか嫌だろ」

 この班で実験をやり始めて一カ月か。とは言え、俺途中病院にいたりしたからまだ二、三回ぐらいしかこの授業受けてないけど、それでもこの先輩は本当に優しくて、実験するのが凄く楽しい。そうだ、そんな先輩と一緒にやれる数少ないチャンスなんだ。真面目にやらないと。

「清水もよろしくな」
「……」

 田辺先輩が俺の隣の清水に声を掛けるも、返ってくる反応はない。うーん、やはりこの後輩とはまだ打ち解けないな。どう声を掛けたらいいんだろう。気さくな先輩が声を掛けてもこれだしな。まあ実験はちゃんとやってくれるし、徐々に話が出来るといいな。





「それじゃあ、これを運んでくれ」
「……分かりました」

 今日の授業態度があまりに悪かったせいか、先生から放課後資材を運ぶよう頼まれた。俺が悪いから嫌とは言えず、今こうして重い資材を運んでいる。それにしても、今日の実験、まさか成功するなんて思ってもみなかったな。そのお蔭か、こうしてただこの荷物運ぶだけで許してくれるみたいだし。
 魔力の安定しない者、魔力の弱い者。その集まりのKクラスで実験が成功するのはごく稀の事らしい。だから皆驚いていた。けど、成功した要因は清水にある。何たって実験を行ったのは清水だから。俺と先輩は用意しただけ。あれに魔力を送り込んだのは清水だ。そう言えばアイツ、自分で魔力を使ったのは今回の実験が初めてじゃなかったか。しかも、中等部の時はSクラスだったって言ってたな。だったら魔力自体は高いんだろう。なのに試験はビリ。一体、何があったんだろう。
 清水の事をボーっとしながら考えていた時だった。何処からか、声が聞こえてくる。これは、外からか?何と言うか、争うような、怒鳴り声。それに反応した俺は、気が付くとその方向へ足を向けていた。何を思って俺は向ってるんだ?何でだか分からないけど、避けてはいけない。そんな気がしたんだ。

「――お前さ、何調子に乗ってんの」
「ちょっと出来た位でいい顔すんなよ。まぐれだからまぐれ」
「……」
「何とか言えよ気持ち悪ぃ」

 思わず絶句した。恐らくクラスメイトであろう男達に囲まれていたのは、何と清水だった。いじめられてる――あの話は本当だったんだ。

「ホント、いじめ甲斐ねぇな!」

 そう言って男が壁に追い詰められていた清水の腹を蹴とばした。「っ…」と息を呑む清水の姿を見て、俺は思わず資材を投げ出して飛び出してしまった。俺って本当に後先を考えないヤツだと、飛び出してから思う。けど、知ってる後輩がこんな目に遭ってるのに、黙って見てはいられない。
 大きな音を立てて資材が下に落ちる。その音で、皆が俺の方へと視線を寄越した。清水も、咳き込みながら俺の登場に驚いているようだ。

「ん?こいつどこかで…」
「あー、あれだ。この人清水と同じ班の先輩だ。今度演劇で主役やる」
「ああ!後、姫がイヤに嫌ってるんだっけか」

 男達が俺の事を口々に話す。人数は五人。その中に、俺達の前に座っていた清水のクラスメイトの姿もあった。

「つーか何センパイ。王子役やるからってヒーロー気取り?マジきもいってそーゆーの」
「綺麗な顔してると得だよなぁ。いくら嫌われてても大きな事態には発展しねぇし」
「てかアレじゃね?この人雷霆さんとか味方につけてるらしいじゃん。庇ってもらってんじゃね」
「どう言う手使ったんだよ。あの雷霆を味方にするとか。身体でも使ったわけぇ?」

 ギャハハ!と男達が笑い声を上げる。俺はその話を聞いて、内心溜息を吐く。やっぱり、こう言う連中は何処にでもいるんだな。小中を思い出すよ。

「あ?何だよその馬鹿にした目は」

 俺の呆れた視線を感じ取ったのか、一人が俺に大股で近寄って来た。ズイッと目の前に立ったのだが、意外に小柄で、迫力があまりないと感じたのは内緒だ。正直、もっと小柄な耀の方が、威圧感がある。

「て、てめぇ…」
「清水から離れろよ」

 全然やった事ないけど、凄んでみた。すると意外に効果があったのか、男達がウッと怯んでいる。出来る事なら殴り合いはしたくない。やった事ないから勝てる自信ないし。

「ふ、ふざけん――」
「宗介!!」

 目の前に立った男が、震えながらも拳を振り翳した。これ位の遅さなら、俺でも避けられそうだと思った時、後ろから大声で呼ばれた。そして俺が振り返るよりも先に、そいつは俺の前に躍り出ると、俺の目の前に立っていた男を蹴り飛ばした。

「な、お前は…大地のガーディアン!?」
「何してたんだよ」
「べ、別に俺達は何も…」
「今、宗介を殴ろうとしてただろ」
「そんな事ないっすよ!い、いやだなぁ」

 俺なんか比べ物にならない位の威圧感を出して男達を凄む大樹は、ジリジリと男達に近寄っていく。その度に男達が怯えながら一歩ずつ後退していく姿を見て、どっちが悪者なのか分からなくなっていく。

「いいか。今度宗介に手を上げてみろ。その脳天からかち割るぞ」

 その台詞と共に、ゴスッ!と大樹が何かを地面に叩き付けた。あれは太い棒?しかも叩き付けた地面は見事割れている。それを見た男達が「ひいっ」と悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。す、すごい大樹。一瞬で男達を撃退した。

「宗介っ、大丈夫?」
「え?ああ、ありがとな。俺は何とも。それよりも…」

 チラリと清水の方へ視線を向けると、清水はいつの間にか俺達に背を向け歩き出していた。その背中に「おい」と声を掛けると、その肩がビクリと跳ねる。

「大丈夫か清水?蹴られた腹とか…」
「――!」

 急いで駆け寄った清水の肩をポンッと叩くと同時に、その手を勢いよく払われた。突然のことで驚く俺を、更に驚いたような顔で見る清水。それを見て大樹が「何すんだよ!」と声を荒げる。
 払うつもりはなかったのかもしれない。叩いた自分の手を呆然と見た清水は、その手をグッと握り、そのまま俺達に背を向け走り出した。今度はその背に声を掛ける事はせず、ただジッと見送った。

「何なんだよあいつ…」
「分からない。分からないけど…」

 ほんの一瞬だけ、髪の隙間から見えた怯えた瞳。しかも、あいつの目の色……。

「まあ宗介が無事ならいいけど。荷物運ぶの、俺も手伝うよ」
「え、ああ。悪いな。耀の方はいいのか?」
「アハハ…逃げてきた」

 遠い目をして笑う大樹に、俺も思わず苦笑した。ガーディアンと言うのも大変だな。そう思いながらも、大樹に手伝ってもらったお蔭で、無事に資材運びは終了した。そして寮への帰り道、気になる質問をしてみた。

「そう言えばさっきの棒は何なんだ?」
「ん?六月から格闘術実技が始まるじゃん。俺はこの棍棒を武器にしようと思って。土の属性とも相性いいし」
「へえ!」
「何でもありだから、宗介も今の内決めとけば?」
「ああ。何か考えてみる」

 何でもいいのか。でも、俺にあった武器って一体何だろう。
 うーん、考えることが山積みだな。
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bkm