伝説のナル | ナノ


5

 大きな窓から光が差し込み、白い部屋を更に明るく白く染める。
 何処からか吹く風に揺れるカーテンを見つめながら、その人は薄らとその端正な顔に笑みを浮かべる。


「私に出来るのは、此処まで」


 小さく呟き、机の上に開かれた本へ目を向けた。そこに映し出されているのは、彼が目を掛ける青年。彼は、愛しむ様に青年を見る。


「後は、自分の手で掴み取りなさい――宗介」





「今回の演目は、『ローゼ姫とワイズ王子』に決まりました」

 広い会議室。緊張感が張りつめる中、学園祭の演劇の打合せがスタートした。顔合わせと称した今回の打合せ、ビシビシと視線を感じる。まあ、あれだ。何でこいつがと言う意味の視線だ。正直やり辛いが、今は打合せに集中しないと。そう思い、手元にある今回の演目の台本を手に取る。
 今回の演目は、実行委員の人達が案を出して創ったオリジナルのお話らしい。何と言うか、題名からして王子の出番が多そうだ。思わずため息を吐く。

「まず、一通りの流れを説明します」

 ローゼ姫とワイズ王子。二人の国は互いに敵対関係にあり、いつ戦争が起こってもおかしくない状況にあった。国王は姫を危険な目に遭わせない様、城に閉じ込めた。しかし長い間城に閉じ込められ、外に出たいと言う気持ちを抑えきれなくなった姫は、ある日こっそりと城を飛び出し、単身森の中に。そこで王子と出会う。姫の素性を知りつつも、自分の正体を隠した王子は、姫から敵国の情報を盗もうと、毎日姫と会う約束をとり付けた。しかし毎日会うたびに姫に惹かれていく王子。それは姫も同じ気持ちだった。そしてそんな姫を騙している自分が許せなくなり、ある日王子は本当の事を告げる。

『私はワイズ。貴女にとって敵国の者となります。しかし、それも今日で終わりです。愛する貴女の為、この身を捧げる事を誓います』

 この時既に遅く、二人の国は戦争することとなっていた。その為王子は、自分の素性を明かした上で、ローゼ姫を護ると姫に誓いを立てる。国よりも、ただ一人、姫を選ぶことを決意した。しかし城に戻った王子は、姫との逢瀬を城の兵士に知られ、逆賊として地下の牢に幽閉されてしまう。外では既に戦火が広がり、人々の悲鳴が響く。しかし光も音も遮断された狭い部屋の中には届かない。そんな気の狂いそうな部屋の中、王子が想うのはただ一つ。愛する姫の事だけ。そして、王子の居る城は制圧され、地下牢に幽閉されていた王子の所にも兵士がやってきた。そして振り上げられた剣。それが王子の身体を切り裂き、彼の生を奪っていく。熱を失くしていく身体に、最後王子が想うのは姫に会いたい。ただそれだけだった。

「これが、過去のお話です」
「……過去?」
「はい。今回の配役を踏まえ、少し改変しました」

 姫の居る国が勝利した明くる日、城で幽閉されていた王子の死を知った姫は、悲しみに打ちひしがれた。もう一度、もう一度会いたい。そう願い、祈る。そしてその願いは叶えられることとなる。姫と王子が会った時から約千年の時を超え、現代に。

「そして、姫は白河晃聖として、王子は安河内宗介として生まれ変わり、二人は現代で晴れて結ばれてハッピーエンド。と言う感じになります」

 パチパチと会議室に居る皆が拍手を送る。俺はそれにえ?と言う反応をしてしまう。何と言うか凄い場面転換の早い演劇だけど、大丈夫なのか?皆これでいいのか?しかも王子務めるの俺だし。余計に大変に思えるんだけど。
 白河会長はどうなんだろう。チラリと議長席に座る会長を盗み見ると、特に気にした様子もなく、ジッと台本に目を落としている。うーん、同じ主役の会長が何も言わないし、別にこれが普通なのかもしれない。

「学園祭まで時間は限られてます。各自自分の役の台詞を覚えて下さい。練習は明日から行います。今日の所はこれで解散です」

 そう言って皆一斉に席を立ち、部屋を出て行く。俺も席を立ち、部屋を出ようと扉に向かう。すると、扉の手前で「安河内くん」と肩を叩かれた。俺に声を掛ける人なんかいないと思っていたからかなり驚いた。勢いよく後ろを振り返ると、予想外の人物が立っていた。

「あ、会長…さん」
「キミが相手役だろう。よろしく頼む」

 無表情のまま俺を見下ろす会長が、手を差し出してくる。その手を取っていいのか分からずドギマギしてしまう。大体この人耀のガーディアンだし、初日にいい印象を持たれていないからきっと今も無理して俺に歩み寄ってくれているんだろう。うーん、会長って言うのも大変だな。サッと軽く手を握り、「此方こそお願いします」とだけ言って頭を下げて急いで部屋を出た。早いとこ会長から離れようと思ったから。

「……大分、違うな」

 だから、握られた手を見つめ、ポツリとそう呟いた会長が居たことを、俺は知らない。
[ prev | index | next ]

bkm