伝説のナル | ナノ


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『Kクラスの転入生、身の程を知らず主演に!?』

 その日の晩、号外として掲示板に貼られた記事に、全校生徒が驚愕した。かくいう俺も。人だかりが出来て何が書いてあるのか見たらこれだ。記事を茫然と見つめる俺を遠巻きに見て、みんなヒソヒソ話している。ああ、どうしてこうなった。その視線を嫌がる様に、大樹が俺の手を引っ張り、人だかりから離れていく。蓮も心配そうに俺を見る。

「っなんだよあの記事!」
「配役は普通次の日に発表なのに…」

 話題性があるとすぐこれだ。そう呟く蓮に、俺はそうか…とただ頷き返すしか出来なかった。話題性…確かにあるな。それもそのはず。転入生が、しかもKクラスの人間が主役を演じる事になるなんて、皆思いもしなかっただろう。俺もしてなかったし。

「つーか、相手役があの冷徹男なだけだろ!何で宗介が悪く書かれなきゃいけないんだよ!しかもくじ引きで決まったってのにッ」
「宗介、何かと目立ってきたしね。耀が敵対視してるからって言うのもあるんじゃないかな」
「くそっ…またアイツか」

 そう言って吐き捨てる大樹に、同意するかのようにプリプリ怒る蓮。その二人を見て、俺は思わず笑ってしまった。二人がえ…?と言う顔でこちらを見る。俺は慌てて弁解する。

「あ、悪い…心配してくれてるのに、突然笑って」
「え、あ、いや…」
「その、嬉しくて、つい」

 今まで一人だった俺が、こんな風に自分の事の様に怒ってくれる友人が傍に居てくれることが嬉しくて、堪らなくなる。不謹慎だけど、やっぱり笑わずにはいられない。一人じゃないって、思えるから。

「ありがとな、二人とも」

 その嬉しさを伝えたくて、俺が出せる精一杯の笑顔で二人に礼を言うと、二人して顔を赤く染めた。え、何だその反応。眉を顰め二人を見る俺に、蓮が赤くした頬をそのままにジト目で睨んでくる。

「宗介ってさ、天然だよね」
「天然?」
「確実にそうだよ…自覚ないもん」

 ね、大樹。そう言って大樹に同意を求める蓮に、大樹は蓮以上に赤い顔でコクコクと頷くだけ。

「んー、まあでも。宗介ならきっと、皆の度肝を抜く王子様になれるよ!俺達が保証する!」
「そ、そうだよ!宗介、絶対カッコいいから!」

 二人は揃ってそう言ってくれた。うん。それだけで、俺は十分だ。

「ありがとう。やれるだけの事はやってみる」

 演技なんてしたこともないし、きっと誰も期待してない。それでも俺を見てくれる人がいるなら、俺はそれに応えなきゃ。応援してくれる二人の為にも、俺が途中で放り出すわけにはいかない。とは言え、相手があの白河会長だとは俺も思わなかった。確実にお姫様って言う感じではないだろ。むしろあの人は王様って感じがする。
 そして早くも明日の放課後から打合せがあるようで、皆と顔を合わせないといけない。何だか、今まで以上に忙しくなりそうだ。そう思うと、やはり溜息は止まらない。





 人気のなくなった寮の廊下。薄暗くなったその廊下で、掲示板に貼られた記事を眺め、その記事を剥がす。思わず舌を打った。この記事を書いたヤツの幼稚さが頭にくる。

「……おかしいよねー」
「正直、公平だとは思わねぇな」

 剥がした記事が、まるで炎に焼かれる様に黒く消えていく。と言うより、そのものの存在が消えていく。闇属性は、物体を消滅させる力もあるからね。

「これも、図られたことかな…」
「さあな。けど、ヤツの目的を考えると、そう考えるのが妥当だろうな」

 薄暗い中でも目立つ金。月明かりに照らされて透き通る髪は、今の凪の冷たく尖った雰囲気をより際立たせていた。冷めた瞳に、怒りが滲んでいるのが分かる。まあ、俺もあんま冷静ではいられないな。俺が手を出せない所で、何かの力が働いている。ただ傍に居るだけじゃ護れないって、思い知らされているようだ。

「お前は引き続き、出来るだけ宗介の傍に居ろ」
「うん。そのつもり」

 凪が、そう言って俺に背を向ける。思わず、その背中に問い掛けた。

「ねえ、凪」
「あ?」
「ガーディアンとして、もう宗介を護る事はないって言ったよね。あれはどういう意味?」

 俺の言葉に、凪の眉がピクリと動く。この間話してくれた時、凪は確かにそう言った。番人としての役目が、宗介を護る事に繋がるとしても、それでもガーディアンで居てはいけない理由にはならない。だから思った。もしかして、凪は――。

「お前が知る必要はない」
「凪っ」
「これは俺が自分で決めたことだ。俺があの人の話を聞いて、それでも選んだ茨道」
「……!」

 そう言って俺を見る凪は、全てを覚悟している目だった。

「どんな顛末になろうが、悔いはねぇよ」
「…アハッ。やっぱ、宗介の事となると違うね、凪は」

 その強い想いに、俺は思わず笑う。凪がそう言うなら、俺は信じないと。凪の決断は正しかったって、その顛末の先で笑って話せるように。
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bkm