伝説のナル | ナノ


3

 ソワソワソワ。思わず、身体が動いてしまう。

「それでは皆さん、くじを引いてください」

 蓮はああ言ってたけど、やっぱりいざ引くとなるとドキドキするな。
 今日の授業も無事終わり、放課後のホームルームに差し掛かった時だった。Kクラスに学園祭実行委員の人達が箱を持ってやって来た。それを見るなりクラスの皆は一同顔を顰めた。蓮曰く、演劇を心底嫌がるのはKクラスだけだそうな。まあそりゃ、生徒の憧れである会長が出るし、今年はナルが見てるとなると皆のやる気も違うと思う。実際、さっき皆と教室の離れているこのクラスにさえ誰かの雄たけびやら悲鳴やらが響いてきたし。皆気合入ってるな。そうこうしている間に、次々とくじが引かれていき、皆紙を開いて安心している。今の所該当者はいないらしい。

「次の人、お願いします」
「あ、俺だ」

 そう言って蓮が席を立ち、特に気合を入れるでもなく普通に引いて帰って来た。蓮もあんまり乗り気ではないのだろう。そして開いた紙を見て蓮がにっこり笑って俺を見た。ピラピラと、白紙の紙を俺に見せてくる。

「ほら、次宗介だよ」
「ああ。行ってくる」

 最初こそは緊張したが、こう皆が外れているのを見ると、恐らくこの箱の中には役の紙は入っていないんじゃないかと思える。実際、誰も出ないクラスもあるらしいし。何かそう思ったら安心した。ホッと一息吐き、残り少ない紙を掴み、席に戻る。
 どう?どう?と食いついてくる蓮に今見ると言って、俺は徐に紙を開いた。その瞬間、紙からバンッ!と破裂音が響き、クラス中の視線が俺に集まる。間近でそれを見ていた蓮もその音に驚いて目を真ん丸くしている。俺も、何が何だか分からない。ただ実行委員の人達は違った。

「ッ、すぐに知らせろ!当たりだ!」

 そう叫び、慌てて教室を出て行く委員の人。え、そんな慌てる事なのか?と言うか、当たりっていつもこんな感じなのか。すっげぇビックリした。その意を込めて蓮を見ると、蓮もこう言うのは初めて見るのか、凄い不思議そうな顔をしていた。なら一体何なんだ。
 そう思って今一度紙を見て、俺は固まる。

「そ、宗介?」

 固まる俺を不審に思い、蓮も隣から俺の紙を覗き見る。そして少しの沈黙の後、ええええ!と大きな声で驚くのだった。いや、叫びたいの俺だから。もう一度紙を見るが、そこに書かれていた文字が変わる事はなかった。





「会長。どうやら終わったそうです」
「そうか」

 井上の言葉に、俺は視線を上にあげる。そこには実行委員の委員長が立っていた。しかしその顔色は優れない。どうしたと声を掛けるが、何やら言い辛そうに俺の顔色を窺う。

「集計が終わったんだろう?ならその書類を提出してくれ」
「は、はい。ですが……」
「忙しいのは俺だけではないはずだが」

 お互い忙しい身だから早く渡せと、遠回しに言うと、慌ててそいつが俺に紙を差し出す。全校生徒のくじ引きが終わり、配役が全て決定したと言う紙を。そして俺はその紙に目を通した。

「……は?」

 思わず素っ頓狂な声が上がる。そんな俺の声に、皆釣られて紙を覗き込みにやってくる。そして一瞬の沈黙ののち、反応は皆一緒だった。

「ブフッ!アハハハ!か、会長マジでか!」
「こ、これは、中々、ふっ、面白い配役ですねぇフハッ!」
「いやー僕会長はやると思ってましたよ」
「お前らな……」

 思わず三人を睨む。しかしいくら睨んだところでこの配役は変えられない。それがルールだから。

「しかも相手はその、Kクラスの者でして……」
「安河内、宗介?」
「え、あ!こいつ耀の…!」
「ああ。食堂で会った子ですね」
「それが、Kクラスの箱は別にして全て白紙にしてある筈だったのに、どういう事か混じってしまいまして……」
「白紙?」

 そいつの言葉に思わず反応する。

「え、ええ」
「この演劇にそんなルールはないはずだ。みな平等にくじを引かせていたんじゃないのか」
「で、ですがKクラスが出ると…」
「KクラスだろうがAクラスだろうが、ガーディアンだろうがナルだろうが、此処の生徒である以上、こう言う場では平等であるべきだ。誰だ、それを指示したのは」
「ひっ…!」

 問い詰める様に聞くと、そいつは小さな悲鳴を上げながら後退る。慌てすぎて尻もちをつくぐらい。

「ま、まぁまぁ。会長も落ち着いて。今回はKクラスのヤツもちゃんと選ばれたんだしいーじゃん。しかも主役」
「結果オーライと言う所ですかね」

 慌てて二人がフォローに入る。こういう時に、日村の能天気さと井上の冷静さが役に立つ。一つ息を吐き、俺は改めて床に尻もちをつくそいつを見下ろす。

「……二度目はない。覚えておけ」
「は、はい!」

 大きな声でそう返事をすると、そいつは慌てて生徒会室から出て行った。

「でもそこまで怒る事?いいじゃんKクラスだし…って、ごめんて。そんな睨まないでよー」
「睨んでない」
「まあ貴方のそのルールを守る姿勢には感服します」
「ルールも何も、学園祭は生徒主体の行事だ。一部除け者になどしたら雰囲気自体も悪くなる」

 そう、ルールの問題じゃない。これはもう考え方の問題だ。井上や日村はきっと、あの委員長と同じ考えを持っているのだろう。俺も、魔導に関してはそうだ。Kクラスより優れていると、そこは自信を持って言える。しかしそれだけだ。それは、学園祭のメインイベントに参加させない理由にはならない。だから言ったまでのこと。

「んーまぁとにかくさ、会長の主役抜擢に乾杯しよーよ」
「そうですね。お茶をいれてきます」
「なら僕はお菓子を用意します」
「乾杯することなのかこれは」

 恐らく日村の場合、場を和ませようと提案したんだろう。確かにこのままこの話をしても何の進展にもならないだろう。俺とこいつらとの考え方が違う限り。

「それにしても……」

 もう一度紙を手に取り眺める。責務を果たすまで言った以上、逃げる気はない。しかしだ。


「――お姫様役って言うのは、勘弁してほしかった」


 そして彼が王子様役と言うのも、何かしら意味があるのかもしれないな。
 人知れず、小さく溜息を吐く。
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bkm