伝説のナル | ナノ


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「無月祭?」
「珍しいな。五月に学園祭なんて」
「そうかな。俺は中等部の頃から居るから他の学校のことは分からないけど、中等部と高等部が合同で行う行事なんだ」

 へえ、と思わず大樹と声を合わせる。この学園に来てから約一カ月。未だに慣れないことが多いけど、何とかやっている。と言うか、何だかんだ四月は病院に通ったりなんなりして忙しかったしな。今は大分落ち着いて、穏やかな日々を送っている。

「それでさ、今日聞いた話なんだけど、何と中等部の会長が来てるらしいんだよね!」
「中等部の、会長?」

 何でも学園祭の打合せで、白河会長と二人で打合せしないといけないらしく、このお昼休みを使って中等部の東に存在する高等部の校舎に来ているらしい。その噂の中等部の会長が。けど、噂になるほどのことなのか?首を傾げる俺に、蓮は少し興奮気味に話し出す。

「知らないの!?中等部の会長、今まだ二年なんだよ!?けど中二とは思えない程頭もよくて、魔導の実力も高等部の上位成績者に劣らない程なんだ!」
「へえ、そんなヤツもいるんだな」
「しかも、その会長。実は――」
「南井の弟なんだよねー」

 蓮の言葉を遮った間延びした声。それが後ろから聞こえ、俺達は一斉に振り返った。

「こんにちは、那智先輩」
「やっほー。遅くなっちゃった」
「……別に、来なくても良かったけどな」
「あはは。ホントこいつ可愛くなーい」

 ゆっくり俺達の傍にやって来た那智先輩が、蓮の隣、つまりは俺の前に腰を下ろす。この中庭、何でか人が居なくて、ついでに木のベンチとテーブルがポツリと一つ置いてあるのだ。俺達はいつもそこでお昼を食べる事にしている。

「つーか、光城からメール来てないんスか先輩」
「んー?ああ、ガーディアンとその他大勢でお昼食べようって?毎日来るよー。毎日無視してるけど」

 含みたっぷりの大樹の言葉に、ケラケラと笑いながらお弁当を出した那智先輩。この頃、と言うか謹慎がとけて以来、お昼だけ俺達と食べるようになった。まあ、それは大樹も一緒だけど。やはり夕方になると耀に捕まるらしく、二人とも渋々(那智先輩はヘラッとしてるけど)夕食はとることにしてるらしい。しかも耀は特に二人を傍に置きたいらしく、継承式のことがあったにも関わらず先輩に毎日連絡している。何と言うか、凄いの一言だな。

「て言うか、何で南井弟の話してんのー?」
「無月祭の事について宗介と大樹に話していたんです」

 蓮も初めの頃は教室での出来事もあって那智先輩に委縮しまくってたけど、このところはもう大分慣れた様で、自分からも話しかける様になった。那智先輩も会って早々頭下げてたし。良かった、ギクシャクするような事がなくて。

「あーそっか。もうそんな時期かぁ」
「そう言えば、那智さんは去年当たってましたね、演劇」
「よく覚えてんねぇ、忘れていいよ」
「いやいや。話題性たっぷりでしたから」

 二人の会話に、大樹と一緒に首を傾げる。

「あのね。学園祭の締め括りでね、全校生徒を交えての演劇が執り行われるんだ」
「中等部は中等部。高等部は高等部、別々でねー」
「その演劇の役って、ほぼ運任せでさ。クラス分の箱の中にくじを入れて、それを皆に教室で引いてもらうんだけど、何も役が入ってないクラスもあれば、役がゴロゴロ入ってる箱もある。ホント、配役は神のみぞ知るって感じなんだ」
「…それに、那智先輩が当たったんですか?」
「まぁね。去年の生徒会長を差し置いて王様の役だった」

 ああ言うの面倒だからもう勘弁。そう言いながら疲れた顔の先輩。余程大変だったんだろう。それにしてもやっぱり変わってるなこの学園。

「生徒会長を差し置いてって、どういう意味?」
「一人だけ例外が居るんだ。演劇強制参加の人が。それが生徒会長なんだ」
「生徒会長?つまり……アイツか」

 大樹が少しムッとした顔をする。今でこそ一緒にご飯を食べないといけない感じになっているが、出会いは最悪だったしな。

「けど生徒会長は、生徒が引かなかった残りの役を演じることになっているんだ。だから何が残るか今から楽しみだね」
「そうか?馬の役にでも当たれば面白いけどな」

 馬の役?あの人が馬の着ぐるみを着たところを想像してみた。

「……っぶふ」
「ヤバいッ、ちょーウケる!」

 那智先輩も同じく想像したらしく、二人同時に吹き出してしまった。確かにそれは面白いけど、きっと他の生徒は大発狂だろう。

「まあ大丈夫でしょ。当たる確率だって低いし。面白いもん見れんなぁ位に考えとこうよ」
「そうだな。っと、俺そろそろ教室戻らないと。次移動だし」

 大樹がそう言いながら席を立つ。時計を見れば、もうすぐ予鈴の鳴る時間だ。フと、そこで思い出した。

「っ、あ。ヤバい。俺、今日日直だ」
「え!じゃあ次の授業の先生のとこ行かないと!」
「あ、ああ。蓮は戻っててくれ。すいません、先輩。先に失礼します」
「へーき。俺も行くから」
「え?」

 先輩まで席を立ってしまう。まだ時間はあるのに。まだお弁当だって食べ終わってないのに。しかし、先輩は気にせず「いこー」と言って俺の手を掴み歩き出す。

「ッ、おい」
「早く行きなよ。授業、遅れるよ」

 大樹の声が後ろから掛かる。しかも少し怒気を含んだ声色。しかし那智先輩は一言それだけ言うと、再び歩き出してしまう。俺は慌てて顔だけ大樹へ向けた。何かこのまま別れるのは嫌だし。

「大樹!また明日!」
「……今日!俺の部屋で晩飯食おう!」
「え?」
「だから、また後で!!」

 また後でを強調して手を振る大樹に、思わず目を丸くする。と言うか、耀はどうする気だ。確かに時々お誘いを掻い潜って俺と蓮と食べる事はあるけど、こうして約束して食べるのは初めてかもしれない。不思議に思っていると、前を歩く先輩が小さく笑った。

「ああ言う所は可愛いかもねぇ」
「何がですか?」
「いやー、こっちの話」

 何だか楽しげに笑っている先輩が、ポソッと呟く。意味が分からない。しかし、先輩は何故自分についてきたのか。

「あの、俺一人でも職員室行けるんで、先輩はご飯を――」
「だーめ。傍に居れるときは、傍に居る」

 ピタリと、先輩が足を止めた。そして、俺の方へ振り返る。その目が酷く優しくて、言葉の続きが言えなくなった。最近、先輩はよくその目で俺を見る。そして、その目で見られると俺は何とも言えない気持ちになって落ち着かない。先輩にこうして手を掴まれるのも、何気なく頭を撫でられるのも、前は何にも感じなかった。しかしあの日以来、そう、先輩が謹慎中に俺の所へ来て以来、何だか落ち着かない気持ちになるんだ。一体何なんだろうこの感じは。

「あの大地のガーディアンにしてもそう」
「え?」
「結構鋭いね。相手は分からないけど、護らないといけないって、それだけはハッキリ分かってるみたいだし」
「…?」
「まあ要するに、俺がしたくてしてる事だから気にしないでって事」

 ね?と有無を言わさぬ顔で言われては、ハイ以外の言葉は言えない。小さく頷く俺を見て、先輩は満足げにまた笑う。





「それじゃあ頼んだぞ」

 次の教科担任に荷物運びを頼まれ、俺は職員室を後にする。那智先輩とは先程此処の前で別れた。何かあったらすぐに呼ぶようにとかなり念を押される形で別れた。何だろう、凄く過保護なお兄ちゃんが出来た気分だ。
 そんな事を考えながら廊下の角を曲がった瞬間、そこから出てきた生徒とぶつかってしまった。しかも相手は小柄だ。恐らく蓮と同じぐらい。ぶつかった拍子に落としてしまったのか、大量の書類が床に散らばっていた。

「悪い。大丈夫か?」

 慌てて自分の荷物を置き、その書類を拾い集める。

「何処か怪我とか…」
「いえ。大丈夫です」

 俺の前に立っていた相手の顔を見て、思わず目を見開く。え、南井?

「…?僕の顔に何か?」
「え、あ、いや」
「後は自分で拾うので、先輩は教室へ行って下さい。拾って頂き有難う御座いました」

 そう言って俺の手から書類を抜き取ると、残りをサッサと拾い上げ、南井とよく似た顔の男は歩き出した。よく見れば、俺達とはまた少し違う制服。あ、もしかしてあれが中等部の……。

「ああ、それと」
「……?」
「考え事をしながら歩かないで下さい。今みたいなことになりかねませんから」
「は、はい」

 思わず敬語で返す。相手は言うだけ言って、そのまま行ってしまった。うん、間違いない。あの刺々しさにハッキリとした物言い。絶対、あれが南井の弟だ。まあでも確かに雰囲気あったな。さすが、会長に選ばれるだけある。
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bkm