伝説のナル | ナノ


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 冥無学園までの道中、運転していた別の黒服さんから学園の事を沢山聞かされた。それで本当に冥無学園へ行くんだなぁとぼんやり自覚する。いつもならこの時間は部活の朝練に行くんだけどな……今は春休みだから、学校自体はないけど部活はあるんだ。朝から夕方まで練習して、大樹と話ながら帰った昨日のことが懐かしい。あの人は、ちゃんと渡してくれただろうか。
 冥無学園につくまでに考えたのは、これから向かう場所のことではなく、昨日まで過ごしていた学校での事ばかりだった。こんなんでやってけるのかな、俺。自嘲気味に笑うしか、今は出来なかった。



「始業式は三日後です。それまでに此方で一式の勉強道具は揃えておきます」

 それはどうも、とお礼を述べたかったのだが、目の前に立ちはだかる黒塗りのドデカい門を前にしたら声にすることは出来なかった。はひょ、と変な声が出ただけだ。恥ずかしい。門衛の人に声を掛けると、その扉はゴゴゴと重い音を立てながら開いていく。いやー、想像を越えてるは、このバカでかさ。

「正面が校舎、そこの道を右に曲がると学生寮。左は教職員の寮となっています。まず学生寮に行って荷物を置いてきて下さい。その後は、寮の生徒に案内を任せていますので」

 それだけ言うと、黒服の男は深々と一度頭を下げ、再び車の方へと戻っていった。再び門が閉まるのを見てから、俺はゆっくり学生寮へと足を進めた。何というか、春休みだからか?人の気配が全然しない。それを少し不気味に感じながら、ようやく着いた学生寮はこれまた俺の斜め上をいっていた。これ、校舎じゃないのか。それはそれで凄い。そう思うぐらいに大きかった。

「――キミが、安河内宗介?」

 ボケッと寮を見上げる俺にどこからか声が掛かった。声の発信源を探すように視線を彷徨かせると、苛立たしげに腕を組みながら柱に寄りかかる人の姿があった。

「はい」
「なら此方へ。部屋へ案内しよう」

 そう言って男はさっさとエントランスの中に入ってしまう。あの人が案内の人かな?俺は慌てて彼の後を追い、足を踏み入れた。そしてすぐ、ブワッと耳に入ってきた人の声、声、声……あんなに外は静かなのに、この中は声を地響きと錯覚するくらいの人で溢れかえっていたのか。その活気に気圧された俺は、さっさと先に進む案内の男がいつの間にか俺の所に戻ってきたのに気付かなかった。訝しげに眉をひそめる男にすぐ駆け寄る。

「おい」
「え、あ。すいません…今行きます」
「…何か気になるものでもあったのか?」

 キョロキョロと落ち着きのない俺が気になったのか、男が俺の前を歩きながら聞いてきた。まさかそんな事を聞かれるなんて思っていなくて、少し面食らう。なんかさっきから機嫌悪そうだったしこの人。俺が良く思われていないのは最初から感じていた。だから、まさか相手から話しかけてくるとは思ってもみなかった。
 一瞬、外と中の違いは魔導とやらのせいなのか質問しようと開いた口が、また閉じた。いや、いいか。この人じゃなくても、また話しかけやすい誰かに聞けばいいし。それよりも早く部屋の案内だけ済ませてもらって、この人をお役御免にしてあげたい。わあ、やっさしーな、俺。

「いえ。何もありません」
「……そうか」

 今度は歩みを止め、俺の顔を見た男は、俺の返答に何を思ったのだろう。表情の読めない顔で俺を見下ろす。ていうかこの人背高いな。俺も高い方ではあると思ってたけど、少し見上げる形になるってことは相手がより高い事を意味している。羨ましいな。それにしてもこの人さっきから何で立ち止まってるんだ?人の顔をそんな凝視して、何かついてんの?
 あまりに相手が人を凝視するから、俺も思わず見つめ返す。あ、凄い。この人、耀と同じ、若干紅みを帯びた瞳の色をしている。さっきの黒服の人が言ってたな。普段は黒な事が多いが、魔力に応じて瞳の色が変わると。殆ど魔力のない者は黒か茶、そこから灰、青、緑、金、紅と大まかに分けられ、魔導の力を使用するとその色に光るらしい。一番強いのは紅い目を持つもの。けど、真紅と称されるほどの紅い目の持ち主は今は何処にもいないらしい。最後にその存在を確認したのは、学園の創立者――つまりはナルだけだったそうだ。因みに俺は魔力とやらがないのか、いつ何時も真っ黒な瞳をしている。話は逸れたが、まあそう言うことらしい。魔力の強い人はその色が漏れ出ることもあるそうだから、きっとこの人や耀は魔力が強いんだろう。凄くキレイな顔だし、身長高いし、本当に羨ましいな。そう、思うけど…あまり見られすぎるのは慣れてないせいか、非常に居心地が悪い。見つめ返すにも限界がある。俺はジッと俺を見下ろしたままの男に、図々しくも案内を促した。

「あの、すいません。それで、俺の部屋は何処なんでしょうか?」
「っ、ああ。すまない。こっちだ」

 俺の言葉にハッとした男は、再び俺に背を向け歩き出した。一体何だったんだろう。やっぱ顔に何か付いてたのかな?それだったら恥ずかしいので、彼の背中を追うと同時に、俺は袖で顔を拭った。

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bkm