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耀の継承式が行われる。俺は一生徒としてそれに出席しないといけない。それほど、魔導士たちには大事な式典らしい。だから、取り敢えず検査して異常もないと言われた俺は、急いで学園に戻ることとなった。剛さんも式の準備で忙しかっただろうに。それでも俺の検査にずっとついてくれていた。聞けば凪さんに任せているらしい。確かにそれなら大丈夫だろうけど、やっぱり申し訳ないことに変わりはない。
そして戻ってきた久し振りの学園。特に変わったところはない。いつも通り、外は静かだ。まあ、もう夜だから当たり前か。
「継承式は明日だ。今日はゆっくり休んで、明日に備えてくれ。具合が悪けりゃすぐ連絡しろ。いいな?」
「はい。ありがとうございました」
教員の寮の裏で下ろされた俺は、念を押す剛さんに思わず笑みがこぼれる。何というか、やっぱりこんなに心配してくれる人が居るというのは嬉しいものだ。
「じゃあな宗介。また明日」
「はい。お休みなさい」
挨拶を済ませ、俺は剛さんと別れた。寮に戻ると、人が居ないかのように中も静かだった。夜だからと言うことを含めても静かすぎる。不思議に思いながらも部屋に戻ると、いつもあるはずの靴が無かった。何故か、俺の同室の人が居ない。だがそこで気付く。そうか、あの人もガーディアンの候補として名が挙がっていると言っていた。もしかしたら大事な式典前だから、そう言う特別な人たちは別の場所に居るのかもしれない。外や中が静かだったのも、たぶん大事な式典前に何も起こさせないための計らいだったのかもしれない。
でもそうなると、きっと大樹や那智先輩も……。
「ガーディアン、か」
那智先輩。大丈夫なのか?先輩がガーディアンだったと言う事実はきっと誰にも知らされていないのだろう。もし知れ渡ったら、きっと今頃式典云々の前に大騒ぎだろう。あの闇の中から出た後、先輩はどうなったんだ。剛さんは大丈夫だと言うけど、やはり会って確かめないと不安だ。
そこでフと思いつく。そうだ、携帯。あれで連絡すれば!そう思い、俺は急いでカバンから携帯を取り出す。だが、そこで表示される電池不足の文字。ああぅ…と変な声を上げながら、俺は頭をただ下げるしか出来なかった。あれから充電してないし、当然と言えば当然か。
*
気付くと、いつの間にか朝だった。朝日による部屋の明るさに思わず目を丸くする。ああ、失敗した。本当は充電し終わったら連絡を入れる筈だったのに。風呂入ってそのまま待っていたら寝てしまったようだ。時計を見ると、すでに式典開始時刻までそう時間はない。この式典の為に退院してきたのにそれに遅刻って、いくらなんでも駄目すぎだろ俺。
慌てて制服に身を包み、顔を手早く洗っているとチャイムが鳴る。ヤバい、もしかしたら先生が呼びにきたのかもしれない。サッとタオルで拭くも、拭いきれなかった水がポタポタと顔から垂れるのをそのままに、俺は扉を開けた。
「おはようございます」
「っ、おはよう、ございます…」
驚きのあまり最初声が出なかった。何とか声を絞り出して挨拶すると、扉の前に立っていたその人はクスリと笑う。
「具合はどうですか?」
「え、あ、平気です」
「なら行きましょう。もうすぐ始まりますから」
凪さんだ。何でだろう、そんな時間は経ってないはずなのに、何だか凄く懐かしく感じる。クルリと背を向け歩き出すその後姿を、俺は慌てて追った。
「あ、あの。凪さんがどうして俺を…」
「貴方がいつまで経ってもクラスにも講堂にも来ないので、担任から見て来てほしいと頼まれましてね。学園長も心配していましたよ」
担任――志筑先生か。確か凪さんの同級生だったんだよな。退院したての俺が姿を見せなきゃ確かに心配にもなるよな。でも忙しい筈の凪さんに迎えに来てもらうなんて、大分迷惑かけてるな俺は。
「すいませんでした、あの、俺…」
何に対する謝罪なんだろ。約束破ってすいませんか、遅れてすいませんなのか、それとももっと別のすいませんなのか。とにかく凪さんに頭を下げないと俺の気が済まない。だって俺は、勝手に凪さんの色んなものまで見てしまって、それで……。
「顔を上げて下さい」
「え?ッ、いつ…!」
頭を下げたまま数秒。そう言われて恐る恐る顔を上げると、上げた途端に走る額への痛み。思わず額を押さえ、俺に向って手を伸ばす凪さんを見やる。今のは、もしかしてデコピンか?
「本当は色々言いたいところですが、それよりもまずはお礼を言わないといけませんね」
「……?」
「――ありがとうございました」
今度は凪さんが深々と頭を下げる。いきなりの事に俺は思わずたじろぐ。何で凪さんが俺に礼をするんだ?目に見えて狼狽える俺を見て、凪さんは一つ笑みを零すと、さあ早くとまた歩みを進める。結局は何だったのかは分からない。
けど、何だか凪さん嬉しそうだった。とても。
*
「これより、ナル及びガーディアンの継承式を始める。代表者、前へ」
講堂の扉を開けると、既に式典が開始していた。けど一番の見せ場には間に合ったようだ。俺がキョロキョロと自分のクラスを捜していると、凪さんが腕を掴み、ソッと俺を壁際へ移動させた。
「今自分の席に戻ると悪目立ちします。具合が悪いのを理由に此処で見ていた方がいいでしょう」
ただでさえ悪い目立ち方をしている俺が、大事な式典に遅れたとあればまた色々言われるだろう。凪さんはそれを気にしてくれているのか。その心遣いに胸を打たれながら、俺は小さくお礼を言った。
そして、舞台の真ん中。そこには何やら高そうな首飾りを掛けた耀が、笑みを浮かべながら堂々と立っていた。そしてその隣にはスーツを着て、同じく皆に笑顔を振りまく男性が立っていた。歳は、どれぐらいだろう。若いのは確かだ。一体誰だ?
「あれが、今のナルですよ」
「あの人が、ナル?」
「はい。名ばかりの、ただの魔導士です」
ガーディアン達もまた然り。そう言って凪さんは嘲笑を浮かべている。
ナルもガーディアンも、必ずしも毎年選出される訳じゃない。候補にはなれるが、ナルにはなれない。そう言う人たちが沢山いるらしい。ただ魔力が強いだけじゃ、ナルとしては認められない。ナルの審査には基準が色々あるらしいから。しかし、今回は事情が違う。今の冥無には、本物のガーディアンが存在する。長年存在してこなかった存在が。それは、ナルが存在するのと同義だ。そんな大事を放って置くことは出来ない。だから、魔導士達は異例の早さでナルであろう存在を導き出した。
それが光城耀――魔力も、知識も、人望も、その容姿もトップレベル。ナルとしては申し分ない。そう言う決断だったそうだ。
「馬鹿ばかりだ。本当に」
「凪さん…?」
「いえ。何でもありません」
小さく何かを呟いた凪さんだったが、マイクの音に被りよく聞こえない。聞き返したが、かわりに返って来たのは笑顔だった。首を傾げる俺に、凪さんが「ほら。出て来ました」と声を掛ける。そして再び舞台に視線を戻す。大きな拍手喝采の中、俺の知る人物が耀の後ろに横一線に並んだ。
大樹と、何故か傷だらけ那智先輩。さすがに驚いたのは俺だけではないらしく、那智先輩の姿を見て会場もざわつく。首にまで包帯をしている。怪我は治ったはずじゃなかったのか?