伝説のナル | ナノ


22

「……でもさ、俺を買被りすぎだよ。宗介」
「は?」
「俺が諦めたらどうするつもりだったんだか」

 ――信じてます。
 何でかな、その言葉が耳の奥でずっと反響している。俺を、俺の力を信じてくれる子が居る。そう思うだけで、不思議と胸の中が温かくなる。

「何オマエ笑ってんの。随分とよゆーだね」
「んー?いや、ちょっとね」
「早くしないと取り返しつかないのに、その人がどうなってもいいって言うの?」

 フルフルと、頭を横に振る。俺は宗介の身体をゆっくり横たわらせ、更にそいつとの距離を詰める。すると見計らったようにそいつは闇を身体から溢れさせていく。笑みを深めたその表情からは相当の自信が窺える。俺に勝てると言う、自信が。

「主君に敵わずとも、力のないオマエに勝つことは出来るよ!」

 そう叫んだ瞬間、どす黒い闇が俺の顔面スレスレを横切る。少し掠っただけでも皮膚が焼け、鋭いナイフのような切傷となって残る。滲み出る血を肌で感じながら、俺は抗う訳でもなく、ただそいつに向って歩む足を止めずにいた。

「っ、は?何オマエ。戦う気あるの?」

 そんな俺に、そいつは解せないと言う顔をする。その顔を見て、思わず苦笑いしてしまう。

「それとも何?このまま死ぬつもり?」
「散々俺を取り込んで殺そうとしたヤツの台詞とは思えないなぁ」
「ふん。言ったはずだ。オレを殺さないなら、オレがお前を殺して外に出ると」

 ああ、うん。言ったね。そうポツリと呟いた俺に、なら楽に眠れと口にしたそいつが、俺に向って闇の魔導を発動させようとした。しかし、一向にその時は訪れない。そいつの魔導操作に対して、魔力が何の反応も示さない。

「な、何でっ」
「正直さ、宗介の言葉の全てを信じてる訳じゃない」

 自身の魔導が発動しないことに混乱するそいつを余所に、俺は話を続ける。

「宗介を信じてないんじゃなくて、俺が、自分を信じられないから」
「は、何を言って…」
「俺は自分が傷つくのが怖い臆病者だから。それは、お前が一番よく分かってるだろ?」

 だって、お前は俺だから。その言葉に、そいつがグッと唇を噛んだ。

「な、何言ってんだよ…!オレをオマエと一緒にするなッ!!」
「認められたい。誰よりも――兄に、凪に」
「っ…」
「だから、お前には無理だって言われた時、頭真っ白になった」

 俺は強いと認めて欲しかった。誰より、凪に。だから、俺は酷く絶望したんだ。
 たぶん、その時なんだと思う。

「けど、さっき宗介言ってた。凪は俺の力を認めてるって」
「そんなのは嘘だッ!!」

 そう言って目を血走らせ、そいつは吠える様に叫ぶ。

「無理だって、オマエはそう言われて絶望しただろ!!」
「……うん」
「周りの目だって変わった!誰もオマエになんか期待してない!!」
「……そうだね」
「誰もオマエなんか見ていないッ!!」

「そうやって自分の殻に閉じ籠って怯える事しか出来なかった。寂しさ、悲しさ、絶望。お前はそんな俺の――弱さそのモノだ」

 凪に認めてもらえない。そう思って絶望した俺の負の感情から、こいつは創られた。他でもない。俺自身によって。自我を持ち、力を奪って俺の形まで形成して……そうまでしてこいつがしたかった事。こいつが俺の弱さの象徴ならハッキリしてくる。

「俺がいつも虚しさや悲しさを感じていたなら、そりゃあお前にも伝わるよな」
「……」
「そんな負の連鎖から、お前は断ち切ろうとしてくれたんだな」

 そう、どんなやり方でも、俺を悲しみの日常から救おうとしてたんだ。誰よりも俺の感情を理解していたから。俺を此処に留めて自分が出ようとしたのも、もう俺に外でそんな思いをさせない為。ああ、分かってしまえば簡単だ。何よりも日常を終わらせたかったのは自分。こいつはそれを汲んでくれただけ。

「な、に今更、全部分かったような顔してんだよ」
「ホント、いまさらだよね」
「笑ってんじゃねぇよッ!!」

 一気に距離を詰めてきたそいつに胸倉を掴まれ、そのまま押し倒される。俺の上に馬乗りになって激昂する相手を、俺はただ静かに見据えた。

「オマエはただ泣いてればいい!!」
「……」
「全部忘れて、オレに任せればいいんだよッ」

 今にも泣き出しそうな『オレ』は、最後に小さく呟いた。

「そしたら……オレが、護ってあげるから……」

 誰よりも弱さを恐れる『オレ』だから。だから、俺を護ろうとしてくれたんだ。弱い事から認められないと思っていた俺を。その悲しさから。

「俺はさ。護りたかったんだ」
「……?」
「俺を導いて育ててくれた兄を、そして――この命にかえても護ると誓った存在を」

 俺の胸倉を掴む手を、ソッと掴む。握りしめる様に握ると、その手は面白いほどビクッと揺れた。

「な、んでオマエ…記憶が…」
「何だろうね。ぼんやりとしてるから、思い出したとは言い難いけど…この気持ちは、俺の本心だから」

 俺自身が、まさかガーディアンになっていたとは思いもしなかった。けど、そうすると俺に欠けた存在が誰なのかはもう分かっている。

「だけど、その力は、俺を護る為の力じゃない」
「――っ!」
「その力は俺の大切な人たちを護る為に使う力だ。そうだろ?」

 目を逸らさず、俺と同じ金の目を見つめる。その表情は泣き出しそうだと思っていたが、とうとうその目からポタポタと水滴が零れ落ちる。そして、驚くことに目の前の『オレ』がどんどん縮んでいく。掴んでいる手も、幼い子供の手になっていく。
 そして馬乗りになるそいつは、最終的に小さい頃の俺の姿となった。ボタボタと止まる事のない涙を見て、俺は思わず笑った。

「泣いてるの、お前の方じゃん」
「ッ、悲しくないの!?悔しくないの!?外出たら、また言われるかもしれないのに!!」

 「悲しいって泣いてたのはオマエだろ!!」っと言ってワンワンと泣き出した『オレ』を、ギュッと抱き締める。自分を抱き締めるって言うのも中々可笑しな話だけど。

「さっきの話の続きね。俺は、自分を信じられない」

 けど、それこそが俺の弱さの原因なのかもしれない。

「だから、凪が俺を信じてくれても、俺が自分を信じない限り、俺はいつまでも変われない」

 凪を最初から信じていれば、俺はこんな風にはならなかったのかもしれない。変に解釈して悲劇にして、拗らせたのは俺のせいだ。だからね、やっぱり俺はまだまだ弱い。

「けど、もうそれを理由にして逃げるのはやめた」
「……誰にも見てもらえなくても?誰にも、必要とされなくても?」

 裏切られて悲しい思いをするのは、オマエだよ?
 その言葉に、静かに首を振る。そうだね。この先、辛い事沢山あるだろうね。俺が黒岩の次期当主である以上。けど、それでも――。

「少なくとも、外で待ってるおにーちゃんとアホの主君は俺を必要としてくれてる」

 これ以上ない、心強い仲間だろ。世界中の人敵に回したって負ける気がしない。

「だから、平気。もう、泣いたりしない」

 そう言って一切の迷いを捨て去った俺は笑う。

「一緒に行こう」

 だから見ていて。俺、強くなるから。いつか、凪を超えて見せるから。

 俺の言葉に、『オレ』が微かに目をみはる。しかし直ぐに、その顔に笑みを浮かべる。全てを吹っ切ったような清々しい笑顔。今度は俺が目をみはる。


「――約束だよ。那智」


 スッと俺から退いた小さな『オレ』は、そう言って笑いながら泣き腫らした目をそのままに、俺の後ろへと駆けていく。遅れてその姿を追おうと後ろを振り向くと、『オレ』が駆けていく方に一筋の光が見えた。

「お兄ちゃん!!」

 小さな『オレ』が、そう言って光の中に向って叫ぶ。するとどんどんその光が大きく広がって辺りを照らし出す。急いで宗介の元に向かう。そのあまりの強い光に、思わず手を翳した。お兄ちゃん?『オレ』がお兄ちゃんって呼ぶのは、たった一人しかいない。
 翳した手の隙間から、何とか向う側を見る。

「な、ぎ……?」

 駆けていく『オレ』の先に、幼い凪が立っていた。丁度、俺が出会った頃と同じぐらいの歳の。そして更にその先に、スーツを着た男が一人立っていた。あれは、学園長?そして、光が更に強くなる。まともに目も開けていられない。そして、俺の視界が最後に捉えたのは、凪や学園長のさらに先。

 ――小さな子供を腕に抱く男と、その隣に立つ女の姿だった。
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bkm