伝説のナル | ナノ


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 けど、だからと言って俺はそのやり方に賛同は出来ない。こいつに先輩を想う気持ちがあったとしてもだ。けど、このままだとそうは言ってられない。

「……どう転んでも、お前の思う通りになるわけだな」
「ハハッ、そうだよ。あいつと此処をでたけりゃ俺を殺すしかない。その代わり力は失う。けど俺を殺せなければあいつは此処を出ることは出来ない。どの道、結果は変わらないのさ」

 クックッと喉を鳴らして笑う。確かに、今この状況は選択肢が限られる。けど、だからと言ってこいつから与えられた選択肢が全てではない。

「あいつを救おうとするアナタなら分かるはずだ。あいつの悲しみも苦しみも。アナタだってずっと味わってきたでしょう?」

 問い掛ける様な口調だが、その声に迷いはない。
 俺の場合、先輩のような事情ではない。ずっと弱いままだったし、強くあろうと思う事もしなかった。先輩とはまるで違う。けど、悲しいのも苦しいのも、とても痛いことだと言うのは俺にも分かってる。だから、俺は選ぶ。

「もし分かったとしても、俺はお前のやり方には手を貸せない」
「……へぇ、ならどうするつもり?あいつを救えるのはオレ達だけだよ?」
「先輩の生き方を決めるのはお前じゃない」
「はあ?」
「ましてや俺でもない」

 その選択が救いとなるか破滅となるか……俺には分からない。けど、これが最善だと思うから。

「先輩の生き方は、先輩自身が決めるんだ」





 俺が、決める?
 宗介の言葉に、俺は目を瞬かせる。

「先輩」

 そいつの元から俺の前までやってきた宗介が膝を折り、静かに言葉を紡ぐ。

「俺は、自分は弱いと思えるその心もまた、強い証拠だと思ってます」
「そう、すけ…」
「俺が自分は弱いと嘆くのとは違う。先輩は、本当に強いです」

 そう言って笑う宗介は、徐に俺の頬に手を添える。そして、小さく「癒しを」と唇を動かしたのを見た。その瞬間、身体中を苛んでいた痛みが少しずつ消えていく。まさかと思い身体へ目を向けた。所々闇に食い千切られていた痕も、焼かれた痕も、少しずつ消えていく。これは、治癒能力?まさかとは思ったけど、本当に何でも使えるんだ。
 思わず呆然と宗介を見る。そして完全に俺の傷が癒えたのを確認すると、宗介は突然前のめりに倒れた。慌てて立ち上がり、今度は俺が宗介を引き寄せ抱き上げる。

「宗介ッ」
「せん、ぱい…」

 青い顔で額に汗を浮かべ、宗介が苦しげに言葉を発する。そして薄ら開く瞼から覗く紅い瞳が、消えかかっているのが分かった。徐々にその色を黒に変えようとしている。もしかして、慣れない魔導の連発で魔力が足りないのか?だとしたらこのまま放って置くのは危険だ。
 しかし此処は闇の中、何も出来ない。一体どうすればと考えを巡らせる俺に、宗介がまた俺を呼ぶ。

「先輩、先輩なら分かってるはず、です…」
「な、にを?」
「あいつが、一体どうして生まれたのか…」

 その言葉に、俺は目を見開く。宗介はそんな俺を見て、また微笑む。瞳の色が、完全に黒に戻った。

「これだけは、忘れないで下さい」

 その笑みをそのままに、宗介が酷く優しい声で言う。

「もう俺の人生には、黒岩那智さんと言う友人が必要なんです」

 ――だから、先輩。信じてます。
 そう言うと、宗介は静かに目を閉じた。ぐったりと俺の腕の中で眠る宗介を、俺はどんな表情で見つめているのか。それを知るのは、光の棘の拘束が解けた『オレ』だけだろう。宗介のお蔭で動けるようになった身体で、宗介を横抱きにする。そして、跪いたままのそいつに近寄っていく。

「ハッ、これ位の魔導で意識を飛ばすようじゃ、まだまだ覚醒したとは言えないねぇ」
「……」
「それで?俺を殺す決心でもついたわけ?早くしないと、その人危ないよ」

 ニヤニヤ笑う自分と同じ姿をしたヤツを、俺は静かに見下ろす。どうしてこいつが生まれたのか――ああ、分かってる。だって、これは全部俺の弱さが招いたことだから。
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bkm