伝説のナル | ナノ


20

 Kクラスで宗介と会った時、確かに宗介は一瞬俺相手に使った。俺の得意な『アナライズ』を。内側からジワジワと蝕むあの感じ、俺が分からない訳ない。宗介が全く魔導と言う魔導を使え熟せないのは、実技試験を見たから分かる。けど今もあの時も、宗介は確実に魔導を使っている。しかもかなりの魔力を要する魔導を。
 そしていつもは真っ黒な宗介の瞳。けど、今その瞳は――真紅だ。
 晃聖や耀とは比べ物にならない。紅い瞳。それは、彼がそうだと言うのには十分なんじゃないだろうか。

 俺は、魔導の応酬をする二人を見ながら、小さく呟いた。


「――ナル」


 その呟きは、宗介が繰り出した巨大な岩の塊によって遮られた。




 どれ位時間が経ったのか。
 恐らくそう時間は過ぎていないのだろうが、終わる事のない応酬を終わらすため、俺は最後仕掛けることにした。

 竜の形を成した闇が俺の周りを飛び、鋭い牙を向けながら俺に襲い掛かってくる。これは、きっと雷や土だけじゃ対処しきれない。それ程までに強い魔導だ。俺は目を閉じ、そして思い浮かべる。闇を消し去るのはやっぱり――。

「くらえ!」

 そいつが命令するのと同時に竜がその大きな口から闇の炎を吐き出す。離れたところから「宗介!」と先輩が声を上げる。その声を聞くと同時に、俺は両手を前に出し、強く思い描く。
 ――闇を打消す、強い光を。
 そして目を開き、グッと力を入れた瞬間、炎はおろか闇の竜ごと強い光がその身体を射抜く。ギャアアアッ!と断末魔を上げながら消えていく竜を気にすることなく、俺は次を考える。強い光に目が眩んだのか、そいつは左手を翳し目を閉じていた。一瞬出来たその隙を見逃すことなく、俺は大きく手を振り下ろした。上から下へ、落ちて来いと言うかのように。

「……ッぐ!」

 上から落ちて来た槍のような光の棘が、そいつの左手を貫きそのまま地面に縫い付ける。それに続くように無数の光が上から降ってきた。しかしそれは、そいつの身体を傷付けることなく、服の端に刺さっていく。あっと言う間に光の棘に拘束されたそいつに、俺はゆっくり近付いていく。

「ハッ…まさか、光属性の魔導までもう使えるとは思ってなかった。主君の力を甘く見過ぎたようだ」
「……」
「まあいいや。さっさと止めを刺せ」

 クックッと笑うそいつの傍まで行き、俺は地面に膝をつくそいつの前で膝を折る。

「早く教えろよ」
「あ?」
「お前が言ったんだろ。早く教えろよ、出口」

 俺の言葉に、そいつは嘲笑した。心底理解できない、そんな顔だ。

「まさかアナタまであのゴミの甘さが移ったんですかぁ?あの人も殺せない臆病者の甘さが」

 俺はそれには答えなかった。甘さ?俺がこいつにこれ以上手を出さないのは甘さがあるからなのか?いや、違う。それは、こいつ自身が一番よく知っているはずだ。

「違う。それに先輩は甘いんじゃない。優しいだけだ」
「甘さとどう違うのさ。そんな甘ったれたことしてるから、大好きなおにーちゃんに認めてもらえないんだろ」

 そう言って先輩を嘲るそいつは、喉を鳴らして笑った。俺は横に頭を振る。

「凪さんは先輩の力を最初から認めてる」
「そんな事ないね…だったら、あいつが心を痛める筈ない」

 ポソリと呟かれた小さな声。俺はそれを聞いてやはりと思う。初めて聞いた、こいつが先輩をゴミと呼ばないのは。

「お前に止めを刺さないのは、お前が消えるときっと先輩もタダじゃ済まないから」
「…!」
「先輩の力であるお前が消えれば、先輩から奪った魔力は勿論、先輩の欲しがっていた記憶も、きっと消えてしまう。お前はそれが分かっていたんだろ?」

 こいつは分かった上で俺を挑発する言葉を吐いたんだ。俺が止めを刺せるように。

「お前がそうまでして先輩を護る理由はなんだ?」

 俺の言葉に、遠くに居た那智先輩が「え…」と呟いたのが聞こえた。

「護る?オレがあいつを?何を根拠にそんな…」
「根拠はない。ただ何となくアンタから強い意志を感じた」

 止めを刺せ。そう言って俺を睨むこいつの目には、確かに強い意志が宿っていた。そしてそれは、今俺を突き動かしている感情と非常に類似していた。護りたい。そう言うかの様に。

「けど、そのやり方は理解できない。このまま先輩が外に出たら、きっと魔導士としてはもう戻れない」

 それだけ、こいつが先輩から奪った魔力は大きい。

「そうしたら学園には居られない。家業の方にも支障が出る。お前は先輩をそんなにしてどうしたいんだ」
「……いいだろ。それで」

 そいつは顔を俯かせているから表情は窺えない。けど、その絞り出された声は何かを抑えるかのようだ。

「よくないだろ、そんなの」
「オマエに何が分かるッ!!」

 俯かせた顔を勢いよく上げ、そいつは激昂した。そのあまりの剣幕に、思わず目を見開く。

「魔導士としての力も、当主と言う肩書も、そしてガーディアンの力もその記憶も……全部此処に置いていけばいいだろ」
「でも、そうしたら先輩は……」
「ただの無能になれば、誰からも期待されず、肩の荷が下りる。晴れて自由の身だ」

 何の力もない、ただの黒岩那智となる。そう言ってそいつは笑った。

「過度な期待はそれこそあいつを潰すだけ。それをあの化け物は分かってない」
「化け物…?」
「おにーちゃんだよ」

 まさかとは思うが凪さんのことか。

「あの化け物はあいつを信用し過ぎた。記憶を失って更に弱くなる心を奮い立たせようときつく接していたのもオレは分かってる」
「……」
「けど、それが逆効果だったのを、あの化け物は知らない」

 きっと、先輩が弱いと言い続けた要因に、凪さんも絡んでいるのだろう。苛立たしげにそう吐き捨てたそいつは、だから…と呟く。

「此処でオレと入れ替わってもらう予定だった。オレはこの通りガーディアンの力も備わっている。正にこいつの理想の姿だ」

 恐らくこいつの言っていることは本当だろう。きっと今のこいつが、先輩の理想としていた姿だ。

「オレなら完璧に熟せる。過度の期待ごと全部、背負って行ける!」
「だから、先輩は此処に居ろって?」
「……ああ。そうしたらもう――」

 悲しむことなど何もない。深い闇の中で安らかに眠れる。
 そう呟いて先輩を見たそいつの中に、確かにあった。先輩を大事に思う、温かな心が。
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bkm