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「ぅぁ…あ゛あああぁッ!」
「っ、先輩!?那智先輩!くそっ、どけ!……先輩ッ!」
身体中を闇が覆ったかと思うと、動かなかった先輩が突如目を見開き苦しげに叫ぶ。悲痛なその声に、俺は喉がおかしくなるんじゃないかと言うほど先輩の名前を呼んだ。
「あはは。食われてる食われてる。自分の力に食われるなんてホントバカなヤツ」
「お前っ…!」
俺の上で愉しげに笑う先輩の姿をしたそいつは、憤る俺を見下ろして、そのまま首を傾げる。何で怒っているのか、まるで理解できていない顔だ。
「何でそんなに怒るのー?ただ残りの魔力を食おうとしてるだけじゃん。ゴミとは言えそのままにしとくの勿体ないし」
「っ、何でそんな事…!」
「理由はないよ?それにアナタの為にはこれが一番良いと思うけど」
は?俺のため?この行いが?先輩がこのまま黒い靄みたいのに食われるのが、俺のため?あまりの言いぐさに、俺の頭に血がのぼる。カアッと熱くなり、噛みつくように相手に叫ぶ。
「ふざけんなッ!」
「だーかーら。ガーディアンを集めるなら、その力が強いにこしたことはないでしょ?」
「はあ!?それと今やってることに何の関係があるんだ!?」
そもそもガーディアンを集めるってなんだ。ガーディアンを求めているのは学園側であって俺ではない。全くの無関係だ。なのにこいつは何を言ってるんだ。
「ガーディアンとして外に出るのはオレだから」
「……は?」
「だから、そこのゴミから総ての魔力を貰う。そうしたら俺は、最強の魔導士としてアナタを守れる!」
――アナタのガーディアンとして。
そう言って笑うそいつは、闇に覆われる那智先輩を見つめる。先輩と同じ、金の目を輝かせながら。それを目の当たりにした俺は、ゆっくり口を開く。
「お前は……一体、誰なんだ?」
「オレは、あいつのガーディアンとしての力が産み出した闇の力。あいつ自身の力だよ」
「闇の力…」
そこまで聞いてハッとする。そう言えばさっきレイさんが言ってた。これまで記憶として見た来たものの中に、力が記憶した思い出があるって。しかもそれは、先輩の気付かぬうちに意志を持つほど強いモノだって。まさか、こいつが?こいつが、先輩の中で育ってしまった意志を持った力なのか。
「じゃあさっき、教室で先輩を呑みこんだのも……」
「そう。オレがあいつの精神が不安定な時に引き摺り込んだ」
フハッと口元も歪ませながら笑うそいつは、俺の後頭部を掴むと、そのまま顔を正面に向けさせる。突然の強い力に思わず呻く。
「さあ、お喋りはこの位にして…仕上げといこうか」
「ッ、な…!」
「もう殆ど残ってない。ほんとカスみたいなもんだけどねぇ!」
蠢く闇の中、先輩はもう叫び声すらあげない。本当に小さく呻く声が聞こえるだけだ。そして聞こえてくるのは、この場に上がる筈のない音。ブチッと何かを食い千切る音……そう、皮を、肉を食い千切る音。
「や、めろっ、やめろって…!!」
「アハッ。肉を食い千切る音が聞こえる!」
「――――っ」
愉快愉快!とそいつは足をバタつかせ笑う。笑う声、人を食べている音。その耳障りな音に全身の肌が粟だっていく。先輩、那智先輩。闇に囲まれ、虫の息同然の先輩を見て俺は唇を強く噛む。
俺は何してるんだ?絶対に先輩を連れ戻すなんて大層な事言っておきながら結局はこの様。このまま先輩が食い殺されるのを俺は見ているだけなのか?俺は、先輩一人守ることが出来ないのか?
(――キミたちの力を信じているよ)
そんな時、フッとその言葉が浮かんだ。レイさんがさっき言ってた言葉。レイさんは何を思ってそう言ったのかな。俺の何を信じてくれたんだ?でも、どうしてかな。自分でも分からないけど、今はその言葉を信じたい。
そうだ、まだ終わりじゃない。俺は諦めたくない。先輩を助けたい。俺に出来る事なら何だってする。だから、先輩と一緒に此処を出るんだ!
「……どけ」
「んー?」
「いいから…とっとと退けよ!!」
そう叫んだ時だった。俺の身体が熱くなったのと同時に、俺の周りから岩が突出してきた。それは俺の上に乗るそいつを突き刺す勢いで出て来たのだが、いち早く危険を察知したそいつは素早く俺の上から退く。突然の事で思わず呆然としてしまう。な、何でこんなところから岩が?
だって辺り暗闇だし岩が存在する場所でもない。けど、確かに今俺を助ける様に岩が出て来た。まるで大樹の魔導のようだ。そう、何もない所から大きい岩を創り出したあの時みたいに……。
「っ、そうだ。先輩!」
そこまで考えハッとする。あいつが退いた今がチャンスだ。俺はさっきとは打って変わって険しい顔で睨むそいつに背を向け、先輩の元へ駆け出す。だがそいつは、俺の後ろから「行かせるか!」とまたしつこく追い掛けてくる。けど、どういう訳か、そいつの行く手を阻むかのように岩が突然突出してくるのだ。無数の槍の様に尖った岩が出てくるたび、そいつはそれを避けていくのに精一杯と言った感じだ。
今しかない。チャンスは、これっきりだ。
「――那智先輩!」
先輩の傍までやってきた俺は、先輩を囲むその闇に手をかけ、追い払うようにかき分けていく。俺が闇を払うたびに霧散していく様子をみるに、この行為が無駄ではないことが分かった。
「つ…ッ!」
しかしその黒い靄は凄く熱かった。俺の手が段々と焼けていく。けど徐々に先輩を囲む闇が薄れていく。今は、それどころじゃない。手を休めている暇はないんだ。そして靄が退き、漸く掴めた先輩の冷たい手。
俺はそのまま手を引き、先輩の身体を抱き寄せ、先輩の顔を見る。
「……ッす、け?」
「っ、那智先輩…!」
さっきよりも酷い状態の先輩。所々噛み千切られた場所からは血が垂れ流れている。しかも黒い靄に覆われたせいで、身体中火傷が酷い。けど、意識がある。俺の名前を確かに呼んだ。薄ら開かれた双眸から覗く金の目に宿る生気は限りなくないけど。でも、生きてる!