伝説のナル | ナノ


17

 歩みを止めることなく進む。
 そうやって暫く進んでいると、辺りは再び暗闇だけが広がる空間になってしまった。足元で光っていた道も、徐々に薄れて行き、とうとう俺は暗黒の闇の中一人残された。けど、それでも不安にならないのは、最初とは違って俺の身体が光っているからだ。来た時は真っ暗闇で何も見えなかったが、今は俺自身の身体が見えている。それだけでも俺には十分だった。前に進んで歩けている。それが確認できるだけいい。

「先輩、那智先輩!」

 その場で声の限り叫ぶ。俺の声が届くと信じて。

「どこですか那智先輩!」
「――宗介」

 その時だった。俺の後ろから、聞き慣れた声が掛けられる。反射的に後ろを振り返ると、そこには漸く、捜していた人物が立っていた。

「那智先輩!」
「アハハ。ごめんごめん。捜しちゃった?」
「っ…そりゃもう、すごく」

 あまりに何事もなかったかのように振る舞う那智先輩に、思わず力が抜ける。全くこの人は、あんだけ心配したのに。何だか自分だけが空回っている様な気がして少し恥ずかしくなる。レイさんだって、キミには必要な存在だからとか取り戻しておいでとか、すごく意味あり気に言っていたから尚更。まあでも、あんな映像を見せられたから本当、心配だったけど、よかった。
 そう思って、先輩に駆け寄ろうとした時、俺の目は捉えた。
 先輩に、今の那智先輩にはない筈のモノが。
 ピタリと動きを止め、距離をとる俺に那智先輩がキョトンとした顔で見る。

「宗介?どうしたの?そんな警戒しちゃって」
「……何で」
「ん?」
「どうしてあるんですか――ラグーンの紋様が」

 左の首筋。そこには確かにガーディアンの印が刻まれていた。先輩が記憶と共に失くした紋様が。
 警戒する俺を驚いたように見ていた那智先輩…いや、那智先輩の姿をした何かは、次の瞬間その口元を歪め笑った。

「あれー?おかしいなぁ、ちゃんと上手く化けたのに。紋様だって隠したのにって、お前、その目……」
「お前は誰だ。先輩を何処へやった」
「ハハッ、なるほど。流石は俺の主君。少し体験しただけでもう自分のモノにするか」
「は?何言ってるんだ?」
「分析能力も俺に劣らず、か。流石の一言だねぇ」

 駄目だ。目の前のやつが何を言っているのか理解できない。目?そう言えば目って言ったな。一体俺の目がどうしたんだ。いや、今はそんな事いい。それよりも先輩が心配だ。だって、確かにこいつは俺の知る先輩ではないが、全くの別物でもない気がする。なんとなく、だけど。

「先輩先輩って、俺も先輩だけど?」
「っ、俺が捜してる先輩は…!」
「ああ。もしかして、あそこに転がってるゴミ?」

 そう言って、冷めた声色と共に視線を横にずらす。そいつの視線を辿ると、暗闇の中、誰かが倒れていた。そして、その倒れている人物の髪色を見て俺は駆け出した。闇の中でも目立つ、銀色。先輩がその髪色で良かった。

「那智先輩!しっかりして下さいっ!」

 すぐさま先輩の傍に駆け寄り、身体を抱き上げる。しかしその身体は力なくぐったりと倒れたまま。しかも身体中、何か焼き切れた様な痕があり、そこから血が出ていた。先輩の顔を見ると、その顔は血の気が失せ、真っ青になっていた。ドクリと心臓が嫌な音を立てる。先輩の頬に当てた手から、先輩の冷たい体温が伝わってくる。
 うそだろ、先輩、もしかして……。

「死んでないよ。まだ」
「っ、ホントだ。息、してる」

 その言葉に慌てて先輩の口元に耳を近づけると、確かに小さく息遣いを感じた。けどそれはとても弱々しい。先輩が今、危険な状態なのは言うまでもない。俺は急いで先輩をおぶる様な形をとった。先輩の方が背高いから、足を引きずるのは仕方ない。そこは我慢してもらおう。

「何してるの?」
「何って…早く先輩を診てもらわないとっ」
「そんなゴミ、アナタが気に掛けるまでもない」
「なっ…!」

 何言ってんだこいつ。先輩の姿をしているくせに、先輩をゴミ呼ばわりしてくる。本当に何なんだこいつ。けど、今はそんなヤツに構ってる暇はない。一刻も早く此処から出ないと!

「――出さないよ。まだ」
「は?……ッが!」

 そもそも敵に背中を見せたのがいけなかったんだ。それに今更気付いたって遅い。俺は後ろからの衝撃で、那智先輩ごと吹き飛ばされた。先輩の身体を離してしまったせいで、先輩は俺から離れたところに吹っ飛んでいた。急いで起き上がろうとした俺の上に、ドスンと誰かが座って来た。「ぅグッ!」と圧迫感から変な声が出る。

「お前ッ…!」
「悪いけど邪魔しないでよ。もうアイツはイラナイの」
「さっきから、うるさい!どけよ!」
「あいつを食べ終わったら、アナタは出してあげる。オレと一緒にね」
「はあ?何言ってんだッ!俺は先輩と…!」

 いや、待て。今こいつ何て言ったんだ。
 食べる……?先輩を?

「――ッ、那智先輩!!」

 先輩の所に行きたくて必死にもがく。けど、俺を上から押さえつける圧力は弱まらない。そうしてる間にも迫っていく。ピクリとも動かず倒れている先輩に纏わりつくように、黒い闇が、どんどんどんどん。先輩の身体を隠していく。

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