伝説のナル | ナノ


14

 深い。深すぎて底が見えない。
 暗い。暗すぎて周りが見えない。
 
 大体俺は今どうなってる?先輩を追い掛けて闇の中に落ちたけど、俺は今自分が落ちているのかさえ分かっていない。身体を襲う浮遊感も、ましてや下に落とそうとする重力も何も感じない。ただ、闇が広がる。それだけだ。

「っ、那智先輩!」

 視覚が頼れない以上、聴覚に頼るしかない。そう思って先輩の名前を叫ぶが、それがちゃんと届いているのかさえも分からない。もしかしたら、叫んだつもりになっただけで、本当は俺の身体から声は出ていないのかもしれない。そう思うほど響きもしないのだ、この空間は。
 それにほんの少し、恐怖が先行する。ヤバい、余計なこと考えちゃダメだ。このくらいの暗さで怖がってどうする。

「先輩!」
〈俺は、弱い〉
「え…?」

 もう一度叫んだ時だった。すぐ傍で那智先輩の声がした。思わず振り返るが、そこには闇が広がるだけ。小さく先輩の名前を呟くと、また声がする。

〈もうイヤだ。もう、何も考えたくない〉
「先輩っ、那智先輩?どこですか!?」
〈俺は強くなんかない。俺は弱い――弱い弱い弱い弱い弱い〉

 ゾッとした。その声がまるで俺の中から響くような感覚に。何だこれ、耳の奥にまで響く。しかもその言葉を聞くたびに心臓が嫌な音を立て、頭が割れる様に痛くなる。まるで何かの呪いの様にその言葉を繰り返す先輩。いや、そもそもこれは先輩なのか?

〈誰にも認めてもらえない〉
「先輩ッ、もういいです…」
〈誰にも見てもらえない〉
「もう、やめてくれ…っ」
〈ホントは誰も、強いなんて思ってないくせに〉
「やめろって!」
〈産まれてこなければよかった。そしたらアイツだって――〉
「――ッ、うあぁ!」

 頭にダイレクトに流れてくる言葉の数々。流れ込んでくる感情の渦。もう身体が張り裂けそうだ。痛さに呻き、頭を抱える俺に先輩の声が尚も響いてくる。
 やめろ、痛い、やめろやめろいやだいやだいやだ!

『宗介!』
「ッ…ハ、ァ…!」

 ボウッと俺の身体が光った。それと同時に痛みも消え、響いていた声も聞こえない。いまいち状況が掴めずボーっとしていたが、そう言えば今誰かに呼ばれたことに気付いた。キョロキョロと辺りを見渡す、今は意味のない行動をとってから俺は上を向いた。
 小さな翼をはためかせ、真っ白な鳥が俺に向って飛んできた。『宗介』とまたその鳥が俺を呼ぶ。いや、と言うかこの声――。

「レイ、さん!?」
『まったく、無茶ばかりするね、宗介は』

 パタパタと羽を揺らし、白い鳥が俺の肩にとまる。本当にレイさんなのか?いやでも、何か白いし、目も紅いし……声だってレイさんの声だ。

「な、何でそんな姿に…」
『いくら私がこちらに近い存在だとしても、あそこの部屋を抜けるのには限度があってね。この姿でないとキミの所へは行けなかったんだよ』
「そ、そうなんですか。ん?こちらに近い存在…?」
『まあその話はともかく、こんな声に耳を傾けていたら身がもたないよ』

 何だか上手くはぐらかされた気もするけど、俺を追い掛けて来てくれたレイさんに、きっと知られたくない内容を掘り返すなんて事は出来ない。それに今は、やるべきことをしなければ。

「これは先輩じゃないんですか?」
『いや、間違いなく彼の心の声だ。けれど、いくらこの声を追っても、本体には辿り着けない』
「じゃあ、一体どうすれば…」
『――宗介』

 顔を俯かせた俺の頭を上げさせるには十分なほど、凛と透き通った声。思わず背筋が伸びる。横目で肩にとまるレイさんを見ると、紅い目が俺を静かに見つめていた。

『覚悟はあるの?』
「え?」
『この先に行けば、間違いなく彼の本心に触れることになる。それはきっと彼も望まないだろう。人に触れられたくない、彼が今まで偽ってきた仮面の内を、キミは暴くことになる』

 俺は弱い――そう繰り返す那智先輩は、確かに俺の知る先輩とはかけ離れていて、何処か脆い印象を受けた。それに、さっき流れ込んできた感情からは深い悲しみが込められていた。それが誰に対しての感情なのか。俺が……それを知ってもいいのだろうか。
 でも、それでも俺は――。

「……俺は、先輩の所に行きます」
『この先に何があっても?彼がキミを拒んでも?』
「はい。先輩と一緒に、帰ります。外に――彼を待ってる人が居るから」

 先輩。俺は貴方にまだ謝れてない。それに、先輩に教えてあげないといけない。貴方が思っているより、色んな人が先輩を見ていることに。

『なら、案内しよう。その為に私は来たのだから』
「レイさん?」
『その代わり、私が案内できるのは彼の居る少し手前まで…そこから先は宗介が自分でやるんだ。いいね?』

 コクリと、迷いなく首を振った俺を見たレイさんが、バッと羽を広げた。

『ここから先は彼の記憶を辿ることになる。そして、その最後に、彼が居るよ』

 レイさんが羽を広げると同時に、視界が一気に開ける。突然の強い明りに、思わず目を瞑る。そして、徐々に目を慣れさせようと瞼を開くと、そこには大きな屋敷が建っていた。え…と間抜けな声が漏れる。

「え?あ、え?此処は外?何で?俺、闇の中に居たはずじゃ…」
『言ったろ。これは記憶。彼の記憶で出来た世界だ』
「え。それじゃあここは…」
「うわああああぁ!」

 耳を劈く泣き声が突如響き、思わず耳を塞いだ。な、何だ一体。そう思い、声のする方へ恐る恐る近寄っていくと、そこには二人の少年が居た。
 一人はその場で崩れ、目から大粒の涙を零しながら泣いている。その子は銀髪。
 そしてもう一人はその小さな子供を静かに見下ろす。手に持っているのは黒い刀、そして髪は金。

「那智先輩に……凪さん?」

 俺の知る二人の、大分小さな姿がそこにはあった。
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bkm