伝説のナル | ナノ


13

 だがどうした事か。全然胸の痛みが治まらない。ジクジクジワジワ……内側から浸食してくる何かを抑えようと胸を押さえつける。痛い、痛い。いいから鎮まれ。

『痛いよー!あああぁ!』
『こんなことで喚くな!黒岩の恥だ!』

 突然頭の中に響いた声に、思わずハッとする。なに、今の。てか、今の声――俺?

『羨ましい。再起の切欠ともなるご子息が産まれ、さぞ黒岩家の情勢も安泰でしょう』 
『才能にも恵まれているようで、本当羨ましい』

 俺の周りに響く、薄っぺらい賛辞の数々。浮かんでは消え、浮かんでは消える。気持ち悪い。何だこれ、やめろよ。

『あんなに優れた力をお持ちなのに、結局雷霆は超えられないか』
『黒岩も、実質彼が名を上げてくれているからね』
『まあ、あの泣き虫な弟にはこれが限界かもね』

 うるさい、黙れ黙れ!揃いも揃って手の平を返したように俺への態度が変わる。分かってる、そんなの俺が一番。どうやっても俺はあいつを超えられない。だから言われなくても分かってる!もう黙ってろよ!

『認めてもらいたい人には認めてもらえない。自分を見て欲しい人には見てもらえない』

 俺の真後ろから、俺のよく知る声が囁かれる。

『やっぱオマエ、いらないね』

 そう言って俺の首を掴んできたのは、俺自身だ。





やはり俺の言葉は予想以上に先輩を傷つけたんだ。だって、守る気ないと言った時の先輩の表情、凄く辛そうだった。違うと伝えなくては、そうじゃなくて、俺があの時に言いたかったのはもっと――。

「せ、先輩!?」
「ッぅ……ぐっ!」

 俺がまた一歩、先輩の方へ近寄ろうとした時だった。先輩が突然胸を押さえながら呻く。床に膝をつき、痛みに耐えるかのような表情に、俺も慌てて先輩の元へ駆け寄ろうとした。しかし、先輩が前に手を突き出し、大きな声で「来るな!」と叫んだ。その声に気圧され動きを止める。だが、俺は先輩から漏れ出る黒い影みたいなものに気付き息を呑む。まるで生き物のように蠢くそれは、まるで先輩に囁きかけているかのように周囲をユラユラ漂う。

「せ、んぱい…それ…」
「――うるさい」

 え?と俺が聞き返す間もなく、先輩が頭を抱え込んでまた「うるさい」と呟く。

「うるさいうるさいうるさいうるさい黙れ!」
「那智先輩!?」
「違うっ違う違う!俺は、俺は!」

 誰に向って言っているのか、先輩が今度は宙に向って叫ぶ。まるで俺が見えていないかのようだ。悲痛な声で、否定の言葉を繰り返す。

「うるさいうるさい!黙れ黙れ!」
「先輩落ち着いてください!」

 先輩が叫ぶたび、先輩の周囲の影が濃くなっていく。まるで、先輩自身をのみ込むかのように。そこでハッと思い出す。先程レイさんが言っていた言葉。

(弱さが前面に出ると、食われてしまう)

 まさか、これは……先輩の闇の力?

「先輩!」

 だめだ、このままじゃ。そう思い先輩に手を伸ばした。しかし、その前に先輩から教室を覆うほどの闇が噴き出してきた。影に吹き飛ばされそうになるのを懸命に堪える。そんな事をしているうちに、見る見る先輩の身体が闇に沈んでいく。もう一度「先輩!」と叫び手を伸ばすが、先輩は頭を抱え込み虚ろな目で「俺は…」と呟くだけ。俺の手を掴んでくれない。もっと先輩の傍に行かないと!

〈――宗介。それ以上行っては駄目だ〉

 この声は、レイさん?一瞬足を止めた俺だが、先輩の姿がどんどん見えなくなっていくのに気付き、慌てて足を前に踏み出す。

〈これ以上は危険だ。思ったよりも彼の精神が不安定だったな…一度戻っておいで。そのままでは一緒に呑まれる〉
「でも!先輩は!?先輩はどうなるんですか!?」
〈……〉

 レイさんは答えない。そして、先輩の姿が完全に闇に消えた。それだけ俺の心は決まった。

〈宗介っ〉
「よく分からないですけど、俺先輩迎えに行ってきます」
〈闇に呑まれた者を此処へ戻すのは、いくらキミでも難しいよ?それでも行くのかい?〉

 まあ確かに俺なんかが行っても二次遭難する危険性は否めない。けど、行かないと後悔する。根拠なんかない。けど、今行かないと駄目なんだ。レイさんの問いには答えず、俺は徐々に薄れていく周りの闇の中心…そう、那智先輩が消えていった暗闇に足を踏み入れた。しかしそこには床などなくて、俺はまるで沼の様な闇に足をとられ、そのまま闇の中へダイブ。一気に視界が暗転したのだった。





「全く、宗介ったら」

 やはり心配で様子を見ていたが、案の定こうなるか。思わず苦笑いし、そして徐に立ち上がる。

「あの中はほぼ思いのカケラで出来ている…つまりは記憶」

 再び本の山から目的の物を取り出し、そして本を開く。そこには先程闇の中に飛び込んだ宗介の姿が。

「彼の力の中なら、行けるかな」

 ポツリと呟いた言葉は誰に拾われることもなく、私の身体は徐々に光に包まれていった。
 
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bkm