伝説のナル | ナノ


12

 本当は分かっていた。誰も、俺なんか見ていないって。最初あれだけ押し付けられた期待も、今は殆どない。皆挙って凪を見る。着々と家の名を上げていく兄を、みんな。
 きっと凪も、俺の事なんか気にしていない。アイツは、凪は飄々として周りから冷めているように思われたりしていたけど、本当は凄く優しいんだって知ってる。あの日、あんな風に縋り付いてきた俺の手を払わなかったのがいい例だ。そして彼は、母屋で指導を受け打たれていた俺の元へ突然やって来ると、父親に向って言った。

『那智はこれから俺が指南します。一切の口出しは無用です』
『ふざけるな!誰がそんな子供の言い分を…ッ』
『なら、力で示せば、アンタは納得する?』
『な、何を…』
『全員でかかってきてもいい。その代り、俺が勝ったら文句の一つも言わせない』

 凪が不敵に笑う。大人が小学生の子供にそんな事を言われたら誰だって怒るだろう。しかし、もうこの時凪は既に大人の魔導士を圧倒する力を身に付けていた。両親も凪の圧力に耐え切れなかったのか、渋々俺を母屋から解放してくれた。こんなに簡単に外に出られるなんて思いもしなかった俺は、自由に慣れておらず、不安げに凪を見上げた。そんな俺に珍しく優しく笑った凪は手を差し伸べて来た。その手を、俺は迷わずとったのだ。
 そして俺はあの日から、凪に全て教えてもらった。戦い方だけじゃない、俺が関わる仕事のすべてを教えてくれた。今日まで、ずっと。だから俺はそれに応えたかった。俺が凪に出来ることは、それ位しかなかったから。
 それなのに――。

『お前には無理だ』

 どうして、よりにもよってアンタがそんな事言うんだ。他の誰でもない。俺はアンタみたいになりたい。凪のように強く、気高く。なのに、凪にまで認めてもらえない。これも俺が弱いせい、なのか。なら、どうしたら強くなれる?どうしたら俺を認めてくれるの?

『だったら、思い出せ』
『思い、出す……?』
『お前―守――誓―――いを…』

 聞こえない。聞こえないよ凪ッ!
 耳を塞いで頭を抱え込む。俺の記憶の中の凪が掠れていく。いつもそうだ。大事な部分が聞き取れない。俺が一番知りたい、強さに直結する言葉。幼い凪が俺を導いてくれるのに、その先が全く分からない。
 頼むよ、お願いだから、俺をッ……。



「――那智先輩ッ!」



 静まり返った教室に響いた声に、俺はハッとし面を上げた。そこには、光に包まれながら徐々に姿を現す宗介の姿があった。どうして此処に?と言うか、どうやって入って来たんだ?此処は九時を過ぎると勝手にキーが掛かる様になっているのに。しかも、今の光は…?あれが宗介を運んできたのか?
 何故か酷く疲れた顔をした宗介は、額に滲む汗を拭うと、一歩俺に近付いてきた。ガタリ、机の音を大きくたてながら俺は後退る。

「何で…逃げるんですか?」
「宗介こそ、何しに来たのー?九時過ぎたら生徒は此処に入ってきちゃ駄目なんだよ?」
「だったら先輩も帰りましょう…?遅いと心配しますし」
「誰が心配するって?俺を心配するような人間、別にいないし」
「凪さんは今も探し回ってます。連絡がつかないからって」

 宗介の言葉に、俺は小さく息を止める。凪が俺を探してる?ああ、何か仕事の話でもあったのかな。そう言えば携帯も部屋に置きっ放しだったっけ。居場所を悟られるといけないから結界も張ったし。……まあ、宗介はなぜか入って来たけど。

「心配で探してるわけじゃないよ。ただ仕事の話があるから探してるだけ」
「え…?」
「……凪が、俺の事心配するはずないじゃん」

 だって、俺を憎んでいる相手だよ?
 そう言って笑った俺を、宗介がポカンと見つめ返してくる。

「憎んでる?凪さんが?」
「そうだよ。だからアイツが俺を気にかけるはずないんだ」

 だって、俺が産まれる前まで凪のモノだった、黒岩家の当主の座を俺は奪ったんだ。凪が当主になる為に努力してきたのは、彼の強さを見れば一目瞭然だ。俺が根をあげ泣いていたあの指導を、凪は泣き事一つ言わず熟していたと言うのを、屋敷のお手伝いさんから聞いた。それを聞いてその強さに酷く憧れると同時に自分の弱さを嘆いた。
 誰かに縋って助けを求めるしか出来ない弱い自分。そんな俺を、きっと凪は認めてくれるどころか、弟としても見てくれない。だから俺は強くなりたい、そう思ったのに。

「凪は、オマエを守ることで頭がいっぱいだから」
「……」
「ま、俺には関係ない話だけど?だって別にオマエ守る気ないし?」

 宗介に言われた言葉が、チクチクと俺の胸を刺す。確かに、最初は凪に言われたから傍に居た。

『だからごめんって!もうしないから!』
『……ならオマエに一カ月課題を与える』

 初めて宗介と会った日、宗介の部屋から連れ出された俺は口を挟む間もなく凪にしめられ、唐突にそんな事を言われた。思わず素っ頓狂な声をあげる。

『今日から出来るだけ、宗介くんの傍に居て、彼を守れ』
『宗介の傍に?何で?』

 凪の真意が掴めず、訝しげな顔をするも、彼はそれだけ言うと「絶対だぞ」と念を押して去って行った。それからなるべく彼の傍に居たつもりだ。何から守るのかは分からなかったけど、それでも俺は周囲に目を向けたつもりだった。
 だから宗介の友達の話を聞いて焦った。何で俺が宗介の『護衛』として傍に居るのを知っているのか。誰も知らないはずの内容を、なぜ知っているのか。周囲はよく見ていた筈なのに。くそっ、一体どこのどいつだ。俺はそれを確かめたくて宗介の教室に行った。あの大地のガーディアン以外の友達だと言うのは分かっていたから、恐らく教室にいるだろう。
 俺が買ってあげたカーディガンを着て、楽しげに話す宗介を窓の外から見て、胸が温かくなるのを感じだ。護衛として傍に居た……けど、彼を見ていたら、何と言うか、本当に守らなきゃいけないと言う気持ちに駆られるんだ。それに何だか、懐かしい気持ちにもなる。不思議だった。こんなフワフワした感情、今まで感じたことなかったから。
 しかし、俺の予想に反し、宗介の友人は普通だった。分析しても何も出てこない。もっと奥まで探ろうかと思う前に、宗介に止められた。声はいつもより冷たく、そして表情も怒っていた。何で宗介が怒るの?俺は宗介を守る為にやっているのに。もし宗介の傍に居るのが、俺が察知できないぐらい危険なヤツだったら危ないと思ったから確認しに来たのに。どうして、宗介は怒るの?宗介まで、俺を認めてくれないの?お前なら、俺を見てくれると思ったのに。
 
 ――何だ。結局、誰も俺を必要としていないんだ。

 そう思ったら、痛い。心臓が滅茶苦茶。心臓と言うか、心なのかな。胸がすごく痛い。ジワジワと内面から闇が迫り出してくる。俺の闇の力は、俺の弱さを嗅ぎ付けるとすぐに表に出てこようとする。これ以上、余計な事を考えては駄目だ。でないと、闇の中に引き摺り込まれる。そして、闇の中から生還できた者が居ないことも知っている。
 だからこそ、闇の力は特別なんだ。なのに、何で俺にこの力が宿ったのだろう。期待されなくなった俺にとっては皮肉にしかならないと、俺は自嘲するしかなかった。

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bkm