伝説のナル | ナノ


11

 この前来たときとなんら変わらない部屋は、時間の流れを感じさせない。そして部屋の奥のソファー、やはりそこに彼は居た。

「こんばんは、宗介」
「……こんばんは」
「フフッ、色々聞きたそうだけど、キミが一番聞きたいのはそんな事じゃないはずだ」

 楽しげに笑うレイさんは、全て知っているのか。なら話は早い。今度、もしまた此処に来ることがあったら、聞きたいことを聞かせてもらおう。今は時間が惜しい。

「俺の友人が…先輩が見つからないんです。知りませんか?」
「キミの友人を傷つけたんだろ?なのに何故必死に捜すんだい?」

 思わず言葉に詰まる。何でなんだろうと自分でも思うからだ。謝るだけなら、今日の事を聞きたいなら、本当なら明日でも構わないだろう。何処にも居ないからと言って、凪さんが引き続き捜すと言っていたし、俺が動き回るよりずっとその方がいいと思う。
 それでも俺はこうして此処に来た。那智先輩を捜す為に。正直、分からない。だって出会った当初は痛めつけられそうだったし、その後も一緒に居るけど俺を探るかの様だった。けど、最近の那智先輩は、何と言うか……楽しそうに見えた。だから、俺は自分でも人を楽しませることが出来るんだと言う事と、先輩が俺を友達と言ってくれた事が、凄く嬉しかったんだ。だから――。

「……先輩にとっては違うかもしれない。けど、俺にとってはもう大切な友人の一人です。だから、俺が捜したい」

 大切な友人が、大切な友人を傷付けたら誰だって悲しくなる。だから、ちゃんと理由を聞きたかった。なのに、俺は傷つけた。きっと触れてはいけない部分を、直に傷つけた。だから一刻も早く謝りたい。

「それに、何だか、今行かないと駄目な気がするんです」

 そう、さっきから胸騒ぎがとまらない。ザワザワと俺の胸中を渦巻く不安感。それは、早く彼の元へ行かなければいけない。そんな思いを起こさせる。

「……共鳴、しているね」
「え?」
「しかし、彼は大切なモノを欠いてしまった。それが彼の弱さに繋がっている」

 レイさんが何を言っているのか分からない。首を傾げ眉を顰める俺に、彼は尚も続ける。

「闇は深い。故にあの属性は稀なんだ」
「何の話ですか…?」
「弱さが前面に出ると、食われてしまうと言う話だよ」

 クスクスとレイさんは笑うが、俺にとっては笑える話ではない。
 闇に食われる?一体、どういう事だ。

「あれ程の強大な闇の力を抑えるには、それ相応の精神力が必要だ。しかし彼の失くしたモノは、予想以上に彼の弱さを助長させた」
「それは、那智先輩の事ですか…?先輩は弱くなんか…」
「そう、ポテンシャルも底知れない。兄を超える力を持っているのに、彼がそれを超えられないのは心の弱さが影響しているからだ」
「こ、ころ?」

 そう、心。そう呟いて、レイさんが徐に席を立つ。本が山積みになった机まで足を進めると、その中から真っ白な本を取り出した。表紙も背表紙さえも真っ白。何も書かれていない。

「彼が失くしたのは、心を強くさせる絆」
「…?」
「キミとの、絆だよ。宗介」

 そう言ってレイさんは笑うと、白い本を開いて俺に見せて来た。そこには、何処かの教室でぼんやりと窓の外を眺めている那智先輩が映っていた。思わずレイさんから本をとり、先輩の様子を窺う。良かった、無事だった。しかし、外を眺める先輩の目は何処か虚ろだ。それにゴッソリと感情が抜け落ちたかのような表情も気になる。
 早く、早く行かないと。そんな想いがリンクしたように、本全体が光りだした。

「えっ、ちょ…!」
「頑張っておいで宗介。闇の力は強い。言葉を間違えれば、彼もキミも出られなくなる」

 事もあろうに本の光が俺の身体まで発光させる。けどそれに狼狽える俺に構わずレイさんは至って冷静だ。しかもこんな時に凄く大事な事を言っている気がする。しかし光が強くなるたびに、レイさんの姿も、声も遠くなる一方だ。

「助けが必要ならいつでも呼んで。でも、きっと乗り越えられると信じているよ。だって、彼はキミの――」
「レイさんッ!」

 彼の名前を叫ぶが、その言葉を最後に俺の視界は光に包まれ真っ白に染まる。最後に、レイさんが何かを言ったのだけしか分からなかった。彼は一体、何と言ったのだろう。

『だって、彼はキミの――』

 俺の、何だ?
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bkm