伝説のナル | ナノ


10

「宗介くん…?」

 突然顔色を変えて狼狽える俺を、凪さんが心配そうに見る。
 いない?那智先輩が?どうしよう、どうしよう。俺のせいだ。もっと早く那智先輩に会いに行けばこんな事にはならなかったのかもしれない。

「すい、ません。俺のせい、です…」
「宗介くん、落ち着いて」
「俺のせいだ、俺の…!」

 ペチッ。俺の頬が、本当に軽く叩かれた。全く痛くないが、そのビンタは俺を落ち着かせるには十分だった。

「那智なら大丈夫ですよ」
「で、でもっ」
「もう子供じゃないんだ。ある程度の事は自分で対処も出来るでしょう」

 凪さんがそう言って笑う。つまりそれは誰かに襲われたとしていても無事だと言う事だ。確かに那智先輩は強い。それは俺にも分かっている。けど、なら何で凪さん達が探しても見つからないんだ?一抹の不安は簡単には消せない。

「学園長の探索でも見つからないのは恐らく結界でも張ってるからでしょう。全く、何を考えているのやら」

 やれやれと言わんばかりの凪さんは、浮かない顔の俺を見て苦笑を漏らす。ポンッと頭の上に手を乗せられ、そのまま撫でられる。

「俺が引き続き探します。引き止めてすいません。那智の事は心配せず、今日は寝て下さい」
「凪、さん…」
「心配ですか?」

 俺の心情を悟ったのか、凪さんが優しく問い掛けてくる。凪さんは大丈夫と言うけど、やっぱり……。

「大丈夫です」

 凛とした声が響く。ハッキリと言い切ったその声に、俯かせた顔を上げた。優しげなその表情の中には、何の迷いもない。

「アイツは強い。だから、何の心配もいりませんよ」

 そう言って凪さんは「お休みなさい」と俺に笑いかけ、踵を返した。その背中を、俺は呆然と見送る。本当は凪さんだって心配なんだ。でなきゃ、こんな探し回る事なんかしない。
 後一時間だけ…それで見つからなかったら明日にしよう。考え抜いた末に、俺はあと少しだけ探すことにした。凪さんの言う事を聞かずに探すわけだから、彼にも見つからないようにしなくてはならない。とにかく、片っ端から探そうと意気込んだまでは良かった。しかしよく考えて彼らに探せなかったのだから俺達が探したって見つかるはずなかったんだ。では一体どこを探せば正解なのか。これが分からないんじゃ探しに行くだけ時間の無駄だ。思わず足が止まる。
 いや、もしかしたら那智先輩も移動しているのかもしれない。だったら俺が探したところだってまだ可能性は残ってる。だがよく考えたらもう時刻は九時を回っている。俺が探した校舎の中にはもう入れない。再び行き詰った俺は、頭を抱え考える。何か、何かないのか、彼の居場所が分かる方法が……。

〈――宗介〉

 バッと勢いよく顔を上げ、辺りを見渡す。だが静かな廊下に立っているのは俺だけだ。しかし確かに聞こえた。俺の名前を呼ぶ声が。ああ、そうか。一つだけ、方法があった。俺の居場所が分かるなら、那智先輩の居場所もきっと知っているはずだ。
 あの人なら。

〈やり方は、分かるでしょ?〉

 笑いを含むその問い掛けにはあえて返事せず、俺は廊下の壁に手をついた。真っ白な壁紙が貼ってあるだけで、そこには何もない。だけど、何でかやれる気がした。ゆっくり目を閉じ、そして開く。
 ――自分の目が、紅くなっていることも知らずに。

「来い」

 短く命じたその言葉に反応するように、俺の目の前に大きな白い扉が現れた。まさか本当に命じるだけで来るなんて。やれる気がしていたのは確かだが、やはり何処か半信半疑だった為に驚きを隠せない。でも今はそれどころじゃないんだ。俺は、ゆっくり白い扉を押し開いて中に入った。
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bkm