伝説のナル | ナノ


9

 物事を後回しになんて考えてはいけないのだと、この時初めて思い知った。

「宗介くんの所にもいないとなると…厄介だな」

 珍しく焦りの表情を見せる凪さんに、俺は血の気が引いていく。今、なんて?

「何処にも…居ないんですか?」
「ええ。連絡しても繋がらないし、学園長のサーチで探っても捉まらない」

 外に出た形跡もないのに、見つからない。その言葉に俺は目の前が暗くなるのを感じる。
 もう時刻は九時を回っていた。





 授業が終わってから俺は初めて那智先輩の携帯にかけてみた。しかし何度かけても応答はない。今出れないのか、それとも無視されているのか、どうにもやるせない気持ちを抑えられず、大樹と蓮の心配を余所に食堂へ向かった。基本那智先輩と会っていたのはあの場所だから、あそこに行けば会えるかと思った。食堂を歩いていると俺を見て周りがざわついていたが、それよりも那智先輩の姿は無いかと探す俺は気にも留めなかった。しかし、あの銀髪は見つからなかった。

「宗介!」
「蓮…大樹…」

 俺を追い掛けて来てくれたのか、二人が俺に駆け寄ってくる。余程情けない顔でもしているのか。蓮が「見つからないんだね…」と沈んだ声を出した。小さく頷いて俺は小さくため息をつく。そんな俺に、大樹は少し複雑そうな顔している。
 此処で見つからないと言う事は、恐らく見つからないと思う。思えばいつも会いに来るのは那智先輩からで、俺から彼に会いに行こうと思ったのはこれが初めてだ。それなのに彼は何で俺の居場所が分かるのだろう。

「――誰かと思えば…宗介、お前か」

 その声に、うげっ!と思ったのは俺だけではないはず。大樹も嫌そうに顔を顰めている。案の定、後ろを振り返ればそこには取り巻きを大勢連れた耀の姿があった。

「はあ?こいつが、あの根暗なわけ?」
「お前ッ…!」

 相馬が俺を見て驚いている。言っていることはただの悪口だが。それに大樹が怒ったのが分かり、俺は慌てて手で制した。俺は大丈夫、それが伝わったのか、大樹は相馬を睨みながらもそれ以上突っ込むことはなかった。
 さすが一緒に暮らしていただけあって耀にはすぐに俺だと分かるらしい。俺達を遠巻きに見ていた生徒も、俺だと分かると騒然としていた。

「まあどれだけ見てくれを変えても、中身が伴わなければ意味ありませんがね」
「ハッキリ言うねー」
「隠したって仕方ないだろ。姫のように完璧な人なんて中々いないんだし」

 南井の横に見慣れない二人が立っていた。二人とも綺麗な顔をしていて、一人は西洋の王子様を連想させ、もう一人は何だろう…話し方は那智先輩に似ている気がするが、雰囲気は相馬似だ。姿もチャラチャラしているし。俺が二人を分かっていないのが分かったのか、蓮がこそっと「生徒会の副会長と会計だよ」と教えてくれた。因みに南井は書記だそうな。
 耀は三人の言葉に満足げに笑い、そして俺に近寄って言った。耳元で囁く声は、きっと周りには聞こえない。俺だけに伝わってくる内容だ。

「どう言うつもりか知らないけど、大きな顔して歩くなよ。目障りだから」

 大きな顔して歩いたつもりはない。そう返したとこでこいつには分かってもらえないのが分かっているから、俺は何も言わず耀を見返す。だがそこでズイッと大樹が俺と耀の間に入って来た。面食らう俺は、大樹の表情を窺う事は出来ない。

「大樹。お前は俺のガーディアンなんだから、傍を離れちゃダメじゃん」
「……」

 大樹は黙っている。耀と大樹の様子を見て、蓮が心配そうに見守る。俺の後ろで「これヤバくない…?」と小さく呟いていた。かくいう俺も気が気じゃない。この前の様などす黒く嫌な考えが湧いてくる。とは言え、考えてみれば耀と大樹は同じクラスだ。俺が気にしたところでそれは変えられない。でも、もしと言う事を考えたらやはり気になる。

「みんなでご飯食べようって思ってるんだ。大樹もおいで」
「……」
「ナルの命令だよ。来るんだ」

 その言葉に大樹は頭を掻き、大きくため息を吐くと、小さく分かったと呟いた。耀がその言葉に妖しく笑い、俺を見る。どうだと言わんばかりの顔に俺はグッと唇を噛む。蓮が大樹を見て信じられないと言う顔をしてみるが、そこでフと大樹が後ろ手に手をヒラヒラと振る。そして大樹の顔を見ると、俺を見て笑っていた。尚もヒラヒラと振る動作に首を傾げると、ハッとした蓮が俺の手を掴み、そそくさと出口に向かった。
 大樹に話しかけている耀は、俺達が出て行こうとするのに気が付いてない。取り巻きなんかは端から俺を見ていないからいいんだけど。ああ、そうか。分かった。俺は蓮に手を引かれながら後ろを振り返る。そしてチラリと此方へ視線を寄越した大樹に口パクで「ありがとう」と言うと、彼は手を上にあげ、そのまま耀達と行ってしまった。

「大樹の機転に感謝だね。あのままだったら長くなりそうだったし」
「ああ…」
「すっごくダルそうだったけどね。でも宗介の為に時間作ってくれたし、早いとこ見つけないとね。俺も手伝うよ」

 その言葉に大きく頷き、連絡先を交換した俺は一度蓮と別れ、別々に探す事に。寮の方は蓮に任せ、俺は校舎の方を探した。九時を回ると自動的に閉まるそうなので、急いで探し回った。しかし、お目当ての人物には結局会えなかった。
 それから九時になるまで蓮にも協力して探してもらったけど、駄目だった。ガックリと肩を落とし俺に、遅いから明日また探そうと言ってくれる蓮は本当に良いヤツだと思う。しかも怖い目に遭ったのに、その人物を探してくれると言うのだから尚更。大樹にも悪いことしたな。俺の為にみんな動いてくれたのに結果が得られずやはり落ち込む。けど蓮の前でいつまでもウジウジした態度はとってはいけないと思い、俺はなるべく気丈に振る舞った。お礼を言ってその場で別れる。
 そして部屋に戻る際、凪さんと出会い、聞かされた事実。

「那智先輩が、いない?」

 心臓が、ズクリと嫌な音を立てた。
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bkm