伝説のナル | ナノ


8

「何だそれ。ほっとけよそんなヤツ」

 大樹が顔を顰めながらパンを頬張る。お昼休みになり、教室の前で待っていた大樹といつもの場所に向った俺達は、那智先輩との出来事を話した。そしたらこの顔だ。ついさっきまでは俺の髪を見て「凄くいい!カッコいいよ宗介!」と顔を赤くするほど興奮して喜んでくれていたのに。まあ元々の出会いが最悪だった二人だからこんな話したら余計に怒ると思っていたが、やっぱな。友達が遭わせられたことを考えると納得できない部分はまだあるけど、まずは自分の仕出かしたことを謝ってその後に聞こう。
 そうだよ。理由もなくやるはずない。何か考えがあったと思うんだ。実際、蓮は言っていた。

「たぶん…なんだけど、あれがアナライズなんだと思う」
「目に見えないものさえも分析できるあれか?アイツ、そんなの使えんの?」

 大樹が少し悔しそうな顔をする。この反応からするに、習得の難しい魔導なのだろう。

「うん。なんか、内側からジワジワと何かが蝕んでいくような…あの瞬間、自分のすべてを見透かされるようで怖かった」

 その時を思い出したのか、蓮の手が小刻みに震える。痛ましい姿にポンッと頭を撫でると、蓮は安心したように笑った。
 
「俺も一瞬しか体験してないから分からないけど、結構しんどいんだな」
「すっごいしんどい。けど、何で俺にアナライズなんて…宗介、何か話した?俺の事」

 うーんと唸りながら考える。蓮の話、したかな。まだあまり剛さん達に友達の話出来てない。してないんじゃないか?そう思ったのだが、フッと昨日の会話を思い出した。もしかして、あれが原因か。

「蓮の事って言うか、クラスメイトに聞いたって言う話を凪さん達に質問したかな」
「うーん、それなのかな。目をつけられる理由、あんまないし」

 しかも実際は那智先輩の話はレイさんに聞いた話だから、クラスメイトとは何の関係もなかったのだが、考えられるのはそれしかない。恐らく確認のつもりできたのだろう。だから俺の為とか言っていたのかもしれない。

「もういいだろ。ほっとけよあんなヤツ」
「大樹さっきからそればっか」
「うっせ。それより今日導具生成の授業だったんだろ?どうだった?」

 大樹も実験に興味があるのか、興味津々と言った具合に俺と蓮を見た。しかしその期待に応えられるほどの収穫は今日はない。それは蓮も同じだったのか。首を横に振って「失敗した」と肩を落としていた。

「やっぱ難しそうだよなー。俺らなんて月に一回しかないみたいだし、早くやりてー」
「どうせ一発で成功するだろおめでとー」
「何だよその投げやり感。腹立つ!」
「それより宗介、あの清水と一緒の班てホント?」

 お前俺の扱い酷いよな、とジト目で蓮を睨む大樹。しかし俺は蓮の言葉が気になった。あの清水?そう言えば田辺先輩も清水を知っていたようだし、もしかして有名なのか?

「誰?清水って」
「清水冬二。今年中等部から上がって来た一年なんだけど、学園一の落ちこぼれとか言われてる」

 何だと。学園一の落ちこぼれ?じゃあ俺は一体何なんだ!と言う俺の表情が伝わったのか、大樹がそこツッコむとこじゃないからと俺の肩を叩いた。

「何でも中等部の卒業試験が最下位とかで、Kクラスに行くことになったらしいんだけど…」

 そこで言葉を切った蓮は、何だか言いにくそうだ。

「中等部の頃、Sクラスだったんだよ。清水って」
「…え!?」
「でも、噂によると…いじめられてたんだって」

 いじめ――その言葉に、胸が締め付けられる。そして先程の教室でのやりとりが思い出される。しかもあれは同じKクラスの人達だった。じゃあ前は?まさかSクラスの人達にいじめられたのか?あんな風に。

「理由は分からないけど、清水自身あの風貌は昔から変わらなくてさ。全然話さないし、いつも怯える様な感じだから、ああいうやつ等の反感買ったんじゃないかな」

 嫌な話だよね、と俯く蓮に、俺も大樹も難しい顔をして頷いた。そして、前の自分を思う。俺も正直中学まではいじめられていた。けどもうそれは当然の事なんだと受け入れないとやっていけない状況だったせいか、どこか他人事だった。けど、高校で大樹と出会った。恐らく彼から声を掛けてもらわなければ、耀が居なくとも俺は同じ道を辿っていたと思う。それは何処かで他者を拒絶していたから。だから深く関わるようになって漸く気付いた。皆との絆の繋げ方。俺の人生は、ある意味大樹に変えられた様なものだ。
 アイツは…清水は、そう言う人に出会えなかったのかな。自分の価値観どころか、自分の価値、存在意義さえも変えてしまうような、そんな友達に。

「大樹」
「ん?」
「ありがとな」

 俺の突然の感謝の言葉に、大樹はへ?と首を傾げる。俺はその姿を見てただ笑うだけ。
 ――お前が俺を救ってくれたように、俺も何か出来るのかな。清水に。
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bkm