伝説のナル | ナノ


7

 いつだって、俺の前にはあの背中があった。
 隣に並ぶことすら許されず、いつも追い掛けるばかり。
 ……守られてばかり。
 だから俺は強くなりたい。
 並んで、今度は俺が助けられるぐらい強く、強く。

『お前には無理だ』

 しかし何度挑んでも結果は同じ。惨敗。
 鋭く冷たい瞳が、俺を射抜く。
 無理じゃない。絶対、いつか必ず――!

『守るべき者を忘れたお前には無理だよ。一生な』

 守るべき者?忘れた?俺が、大事な存在を?
 いつだって彼には【守るべき者】が居たことを俺は知っている。
 それが彼の強さに繋がっていることも。
 だから興味がわいた。
 淡々と家の任務も学園の任務も難なくこなす彼が、腰を低くしてまで丁重に扱う存在。
 彼を守れば、俺も同じだけ強くなれる気がしたんだ。
 なのに――。

『本当は、守る気なんてないくせに』

 一瞬光った紅い瞳。
 それが瞬時に俺の全てを暴いた。
 内側からジワジワと暴かれるこの感覚を、俺は知っている。
 けど今はそんなことどうでもいいんだ。
 その言葉は違う、違うよ。
 俺は守るつもりだったんだ。
 だって、そうすればガーディアンに近付ける気がしたから。
 そうしたら、認めて貰えるでしょ?
 俺は強いって――アイツに。
 ねえ、だから、俺を拒絶しないで、宗介。
 でないと、俺は……弱いままだ。





 どうしよう、傷つけた。優しい先輩を。謝らないと――。

「…すけ、……宗介!」

 大きな声にハッとする。何が起きたのか分からず呆然とする俺の顔を、蓮が心配そうに覗き込む。辺りを見渡すと、皆が此方を見ていた。しまった、授業中だと言うのにボーっとしすぎた。「前!前!」と横で囁く蓮の言葉に、慌てて顔を黒板に向ける。

「大丈夫か?この授業は集中力がいる。具合が悪いようなら医務室に行った方がいい」
「いえ。大丈夫です。すいませんでした」

 そう言って見た目初老位の先生が、老眼用の眼鏡を上へ押し上げる。医務室行きをやんわりと断り、俺は今一度意識を先生の方へ向けた。未だに俺へ突き刺さる視線が多くて少し居心地が悪い。しかも今日初めてのこの授業は、Kクラス特別の全学年合同の授業なのだ。だからか人数もいつもの三倍だ。
 そうだ、今は授業に集中しよう。そしてこれが終わったら、会いに行こう。

「これから行うのは魔導具と呼ばれる、言わば魔導の力を宿した道具。我々はそれを『導具』と呼んでいる。それを作る。導具の作成には、魔導操作は必須だ。集中して作らないと爆発を起こすこともある。気を付ける様に」

 はい、と実験室に声が響き渡る。いつも何処か冷めているクラスメイト達も何処かイキイキしているように見える。

「みんな楽しそうだな」
「うん。Kクラスってさ、魔道関係の力とかは劣るんだけど、頭はSクラスに匹敵するぐらいいいんだ。だからなんて言うか、研究者向けな人が多いんだ。まあ中には素行の悪い人もいるけどね」
「へえ…」
「実際俺も研究に携わりたいって思ってる。だからこう言う勉強はやっぱりテンション上がるよね」

 なるほど、皆がいつも勉強しているのはその為なのか。

「それではこれから三人一組のペアになってもらう。それぞれの学年が一人ずつ分けられるように今からくじを引いてもらうぞ」

 え?と思わず耳を疑う。三人一組?しかも三人それぞれ学年が違うってことは…蓮とは同じになれないってことか。てっきり今座ってるこの班でやると思っていたから油断し過ぎた。

「まあ仕方ないよね。授業だし」
「あ、ああ…」
「きっと楽しいよ。去年も楽しかったし。今年なんか先輩後輩に囲まれるんだもん」

 人見知りと言っていた蓮でさえあまり気にした様子もない。やはり経験者は違うな。俺は正直全く知らない人と組むと言う事がどれ程の事なのか、未知数過ぎて怖い。
 一人爆発寸前の心臓と戦っている俺を促し、蓮はくじの入っている箱の前に立つ。そして手を突っ込み、何かを探った後、それを引き抜いた。おお。

「あ、16だ」

 ポソッと呟いた蓮の横に立ち、今度は俺が箱の前に立って手を突っ込む。結局は何番を引こうが俺にとっては誰もが初対面だ。だからもう開き直るしかない。せめていい人に当たれーと思いながら、俺は一枚の紙を手に持った。





「宜しくお願いします」
「おう。よろしくな。俺田辺ね」
「安河内です」

 そう言って笑う田辺先輩は、何処となく大樹に似た雰囲気を持っていた。顔とかは全然似てないけど、何だろう。優しそうなオーラが滲み出ている気がした。俺の人見知りMAXの挨拶にも嫌悪の表情を見せることなく返してくれた。結果、良い人だ。良かった、本当に。

「えっと、宜し――」

 今度はお隣を、そう思って先輩とは反対側を向くと、そこには昨日までの俺が。思わず「うおっ」と声に出してしまう。しかし田辺先輩は、「おお。清水が一緒か」と驚いた様子を見せながらも笑っていた。
 誤解があるといけないから先に言っておくと、本当に俺が居る訳ではない。昨日までの俺そっくりの雰囲気を醸し出しているからだ。たぶん、一番の原因は顔の表情すら掴み取りにくい長い前髪。そして更に顔に影を落とす黒いフード。そのせいで暗い印象しか受けない。おまけに背が大きいのか、椅子に座ると丸く猫背になって姿勢が悪い。だから余計にだ。
 勿論不快だとかそう言う感情は持っていない。昨日まで俺はこんな感じだったんだ。けど今日はそれを第三者の視点から見れる。ある意味新鮮な思いでいっぱいだ。俺もこんな感じだったのかな。

「あー、驚いて悪かった。清水、でいいのか?よろしくな」

 まあ取り敢えず挨拶を。そう思ってなけなしの勇気で相手に手を差し出した。これ掴んでもらえなかったら泣くな。頑張って笑顔を顔に張り付けながら相手を待っていると、チラリとだけ顔をこちらに向けた。気がする。
 しかしそれ以降動きはなく、自身の手も膝の上に置いたまま、それっきり動かなくなってしまった。笑顔で手を差し出したままの俺は、ポンと優しく肩を叩いた田辺先輩を振り返り、何とも言えない寂しさを表情で伝えた。それを見て田辺先輩は困った顔をしながら笑う。

「清水に返事は期待しない方がいいと思いますよ。そいつ、此処に入ってから一言も口きかねーし」

 前方から声を掛けられる。隣に座る大男の身体がビクリと跳ねたのが分かった。
 俺と田辺先輩は、恐らく清水と同級生であろう男を見る。下卑た笑みを浮かべるその表情が、凄く嫌だった。

「つかフードとか被って前髪も長くてマジきもくね?」
「しかも基本無視とかマジなめてる」

 周りが賛同するように声を上げる。ゲラゲラと笑いながら彼を蔑む声は、教室全体から聞こえる。言っているのは一年だけだろうが。二年も三年も、不快そうにやり取りを見る人と興味無さそうに教科書を見る人に分かれていた。誰も彼の悪口を止める人はいない。先生も注意しているが、それ以上に人数が多いせいでその声は掻き消される。
 俺はムッとした表情のまま、口に出していた。

「悪かったな、キモくて」
「は、はあ?先輩のことじゃないっすよぉ」

 俺の言葉に何言ってんだこいつと言う目を向けた前の後輩。しかし、前髪が長いだけでキモイと言われるなら俺だってそうだ。昨日までキモかったんだ。うん、確かに耀にも言われ続けた。けど、それは自分だから言われてもまあ仕方ないと思っていたからいいんだが、他の人が言われるとなると別だ。凄く気分が悪い。
 なおもムスッとしている俺に前の後輩がイラついたように舌打ちをした。しかしそんな張りつめた空気を緩めたのは、俺の隣に座っているもう一人の班員。

「せんせー、時間勿体無いんで授業始めましょう」

 ガタリと席を立って大きな声を張る田辺先輩のお蔭で、皆静かになった。先生もホッとしたように授業の準備に取り掛かる。話を打ち切られた後輩はこれ以上此方に絡んでくる事はなかった。フウッと息つく俺の頭を、田辺先輩がペチッと軽く叩いた。

「お前煽りすぎ。意外に血の気多い?」
「え、いや、そんなつもりは……」
「めっちゃ睨んでたぜ」

 そんなつもりじゃなかったのだが、周りからはそう見えたのか。叩かれた部分を摩りながら、すいませんと謝ると、別に謝る事じゃないけど。と笑って返してくれた。

「清水も悪かったな」

 俺が口を挟んだせいで変に拗れるのは避けたい。俺は未だに視線を俯かせたままの後輩に話しかけたのだが、やはり返事はない。でも、不思議と嫌な感じはしない。自分と似ているからか?何だか放っておけない雰囲気があるんだよな。
 しかし、この三人で約一年授業するんだ。取り敢えず、この後輩と少しでも仲良くなれればいいなぁと思いながら、導具作成の説明に耳を傾けた。
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bkm