伝説のナル | ナノ


5

 何やら高そうなお店でお昼を食べ終わった俺達は、そのまま近くのショッピングモールに移動し、服やら靴やら鞄やら。とにかく色々見て回った。この間凪さんから貰った服があるから服はいいと言ったのだが、それでは足りないと剛さんに言われ、悩みながらTシャツを眺める俺の横で凪さんがさりげなくアドバイスをくれたりして無事服を買うことが出来た。俺の汚れた靴も、剛さんは新しくしようと言って学校に履いていくローファーと共に買ってくれた。申し訳なくて情けない顔をする俺に、剛さんはポンッと頭を軽く撫で笑った。

「そんな顔されるより、笑ってくれた方が嬉しいんだが」

 ハッとし、慌てて口元を上げる。余程変な顔だったのだろう。俺達のやり取りを見ていた那智先輩が「ブフッ!変な顔!」と吹き出して笑っていたところを凪さんが横からど突くという行為が行われていたのを視界の端で捉えた。失礼かもしれないが、それが面白くて思わず小さく笑った。
 そうだ。折角厚意で買ってくれているんだ。俺がこんな態度をとったらそれこそ失礼だ。せめてお礼だけでもきちんとしないと。

「ありがとうございます。大切に使います」

 ああ、と微笑んでくれる剛さんに、胸が温かくなる。ほっこりした気分でいると、横からズイッと紙袋が突き出された。そちらへ視線を向けると、いつの間に買ってきたのか、那智先輩が俺から!と言って俺に手渡してきた。早く開けて開けてと目が語ってくるので、袋の中を覗いてみると、学生服用のベストやカーディガンが中に入っていた。
 目を丸くさせながら那智先輩を見ると、大きい灰色のカーディガンは俺のねと笑っているだけ。

「で、でも…」
「学園長ばっかズルい。俺、カーディガンの袖ボロボロだったし、いいでしょ?」

 答えない俺に不安げな表情を浮かばせる那智先輩。俺は、今度こそ「ありがとうございます」と笑いながら言った。嬉しそうに笑う那智先輩を見て、これで良かったと思えた。

「では、俺からはこれを」
「腕時計…?」

 左手を取られ、その手首に銀のベルトの腕時計がつけられる。フェイス部分には小さくキラキラ光る石が散りばめられていて、その中央にドラゴンの紋様が刻まれている。ラグーンではないようだが、それでも中々凝った作りの時計だ。

「外出する時に使うこともあるでしょう。持っていて損はないと思います」
「で、ですが、こ、こんな高そうなもの…」

 流石にどもってしまう。何だが金銭感覚が分からない。俺が麻痺しているのか、はたまた凪さんが麻痺しているのか。けどお礼は言わないと失礼だ。混乱する頭を働かせ、俺は精一杯の笑顔で「ありがとうございますっ」と叫んだ。そんな俺に少し不思議そうに首を傾げる凪さん。その横で那智先輩と剛さんが呆れたように、「アイツ、相変わらず金銭感覚ないな」と呟いていた。あ、やっぱそうなんだ。何かちょっと意外な一面を見た気がする。





 結局俺達が帰って来たのは、空が真っ暗になってから。校門前で俺と那智先輩だけ下ろしてもらって、剛さんと凪さんは教職員の寮の方へ車を走らせていった。車が見えなくなるまでお辞儀をし、俺と那智先輩は学生寮に戻った。今日買った荷物は後で届けてくれるらしい。
 那智先輩とはエントランスで別れた。手に持っていた紙袋から一着のカーディガンだけ抜き取り、俺に手を振って去って行った。何だか凄く充実した一日だった。思わず癖で前髪を触ろうとするが、そこには何もなく、手が空を切るだけだった。本当に無くなったんだ。明日からの学校がどうなるのか、全く想像がつかなくて怖いが、自分を変える第一歩だ。頑張ろう。そう意気込んで、俺も自分の部屋に戻った。
 カードキーで扉を開け、玄関の奥に歩みを進めリビングに辿り着く。そこで思わずギクリとする。そこにはお風呂上りなのだろうか、上半身裸で頭からタオルを被り、ソファでゆっくりテレビを見る日比谷さんが居た。あまり此処で出くわしたことがないから驚いてしまった。しかしそこに居るのに無視するわけにもいかないので、小さな声で「お疲れ様です」と何に対しての労りか分からない声を掛けた。まだ失礼しますの方が良かったか。
 俺の声に反応した日比谷さんがチラリと一度此方に視線を寄越し、そして直ぐに視線をテレビに戻す。まあそんなものだよな。思った通りの反応を見届けた俺は自分の部屋に向かう。だが突然、日比谷さんが俺の方を見た。バッ!と勢いよく顔を向けてくるから思わず足を止める。そして物凄く表現しづらい難しそうな顔をした日比谷さんは、「お前、誰だ…?」と問い掛けて来た。俺は首を傾げながら、安河内ですと答える。

「マジかよ…」
「えっと、はい」

 目を丸くし心底驚いている日比谷さんに、俺は困惑しっぱなしだ。しかしそれ以上何かを聞いてきそうな雰囲気はないので、そのままお辞儀を一つし、部屋に戻った。扉を閉め、考える。何故あんな驚いていたのか。しかも同室の自分が分からない様だった。何故だろうと考えるが、すぐに答えが出た。ああ、なるほど、髪型か。今まで顔が殆ど分からなかった相手の顔を見たら、誰だって困惑するか。
 しかし俺の髪型は、そんなに印象を変えるものだったのか。そんな事を今更ながらに思った。
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bkm