伝説のナル | ナノ


3

 あれから月日は流れ、俺は高校一年生になった。耀は、冥無学園へと旅立っていった。俺はと言うと、地元の高校へ進んだ。割と偏差値高めの。そして、結構学校での生活を楽しんでいる。

 あの日、手紙が消えた。本当に無くなっていたから、もしかしたら俺の幻覚だったのかもしれない。もう、何が何だか分からなかった。朝会ったら耀には睨まれるし。学校へ行くと、耀の話題で持ち切りだった。どこで漏れたのか、冥無学園にお呼びが掛かった事が噂になっていた。
 もう、信じない訳にはいかない。クラスのみんなも、耀を囲みながら魔導士談義を繰り広げていたし。て言うか、何で気付かなかったんだろう俺。今までこんな会話を聞いたことはなかったと思うのだけど。それか、みんな知ってはいたけど、まさか身近な人から魔導士が出るとは思っていなかったのかもしれない。関係ないと割り切っていただけなのかも。
 まあ、それはさておき。俺は今猛烈に充実したライフを送っている。耀がいないこの学校は最高だった。まず、初めて友達が出来た。凄い嬉しかった。そいつは耀みたいなクラスの中心にいるような奴だけど、凄く良いヤツでもじもじとクラスの端で縮こまっていた俺に話しかけてくれた。そいつのお蔭でクラスにも馴染み、ああ、そうそう。部活にも入ったんだ。おじさんとおばさんにも部活に入りたいと土下座する勢いで頼み込んだら、耀がいないお蔭で評判を気にする必要がないからか、好きにしろとのお言葉が。嬉しくて、その友達に話したら、一緒に弓道をやろうと誘われた。そいつは顔だけでなく運動神経もかなりいいから色んな部活からお誘いが来ているのを知っている。
 何で俺を誘うのか不思議だけど、やるなら運動部が良いと思っていたので俺は二つ返事でOKした。中学まで体育しか運動と言う運動をしてこなかったから少し心配だったけど、意外と何とかなった。友達からは凄い宗介!と褒められたが、顧問の先生からその髪をどうにかしろと怒られた。確かにこの顔を覆わんばかりの前髪はこの弓道においては煩わしい。いっそ切ってしまおうと思ったけど、顔を晒すなとあの人達から言われてたし、たまに帰ってくる耀に何か嫌味を言われるのは嫌だったから、次の日からは部活の時だけ前髪を上げた。周りはかなり驚いた顔で俺を見て、何だか色々言っていたが、それよりも俺は友達が顔を赤くして俺を凝視していたことの方が気になった。やっぱり、俺の顔ってそんなにヤバいのか?少し落ち込んだ。そんな俺の表情に気づき、友達が凄い弁解してた。それを見て、俺は笑った。
 充実していたんだ。本当に。テストの時はみんなで図書室で勉強したり、夏休みは部活のない日を使って短期バイトをしてみたり(これは流石にあの人達から了解を得られなかったからこっそりと)、初めてのお給料で友達と遊びに行ったり、帰りに寄り道してくだらない話で笑いあったり、冬には初詣に行き、雪が降ったから校庭で皆と雪合戦したりと、とにかく楽しかった。人生で初めてだった、こんなに穏やかで楽しい時間を過ごしていたのは。光城家の人達にどんだけ嫌味を言われても耐えることも出来たし。
 けど、長くは続かない。黒服の男達がこの家に押しかけてきた時点で、俺はそう悟った。そして、彼らが何者なのか。それは彼らの左胸に光るバッチを見たら一目瞭然だった。家の前にいる黒服の男たちの中でも一番若そうな男が、玄関のドアから顔を出した俺の前に立って言った。

「安河内宗介くん。君はこの春から美月冥無学園の二年生として編入してもらう。それが我らが学園長のお達しだ」

 その言い方、もう決定事項なのか。俺の意志は無視か。突然のことで呆然とする俺の横で、おじさんとおばさんが黒服の男達に何か言っている。かなり戸惑っているのが分かった。

「な、何で……冥無学園の入学は強制ではないはずだ!いきなり押しかけてどう言うつもりなんだ!」

 別に俺を庇って言っている訳ではないと言うことは十分理解している。どうして俺が選ばれるのかと言うのがおじさんたちには分からないのだろう。まあ、俺も分からないけど。

「その理由を此処で述べるわけにはいかない。これは学園長の意志だ。それを、あなた方は一度踏みにじりましたね」

 黒いサングラスの奥で、目が冷たく光った気がした。

「な、なぜそれを…!」
「学園長は探索能力に長けていらっしゃる。てっきり此処の一人息子と一緒に入学するかと思えば、そこにいたのは光城家の者ただ一人だけ。彼に送った手紙には学園長の魔力が込められていましたので、この家に着いたのは間違いない。それは確認いたしました。しかし、再度探るともうこの世にはなかった。処分したのでしょう、彼への手紙を」

 図星をつかれたのか、おじさんはどんどん顔を青くさせていく。もしかして、あの日朝目覚めたら無くなっていた手紙は、おじさんが部屋に入って手紙を持って行ったからなのか?いや、たぶん、俺の部屋に入るとしたら耀だ。きっと俺宛の手紙が冥無学園からの物だと知っておじさんたちに伝えたのだろう。けど、俺は別に構わなかった。そもそも行く気などなかったのだから、あの手紙が破かれようが燃やされようがどうでも良かったのに。

「宗介くん」
「……」
「君の返答次第では、どんな連れ方でも構わないと命令されてきた」

 それは、俺が嫌だと言えば実力行使も辞さないと言うことか。俺の横で耀の両親は必死に何かを訴えている。俺が家に居ない方が良いはずなのに、なぜこの人たちは冥無学園に行かせたくないのだろう。

「なぜ、なぜだ!あんな出来損ないの妹から産まれた出来損ないの子供がッ…なぜ私の息子と同じように選ばれるんだ!」

 行かせたくないのではない。認めたくないのか。俺が、魔導士と言う存在を認めたくなかった様に、俺と同等に扱われたくないんだろう。本当に愛されているな、耀は。けどおじさんたちは勘違いしている。俺はどう足掻いたってあの耀とは並べない。それはもう分かりきっている。だからそんなに嘆くことでもない。むしろ嘆きたいのは俺だ。けど、この人たちが来た時点でもう俺にはどうすることも出来ない。もう、受け入れるしか手はない。

「……どうすればいいんですか」
「君の高校にはもう連絡済です。置きっぱなしの道具も此方で回収しました」

 ああ、そう。ポツリと、特に感情も込めずにそう呟いた。

「明日の朝までに支度を……迎えに行きますので」

 今度は返事もせず、俺は彼らに背を向け家の中へと引っ込んだ。項垂れるおじさんとおばさん。かける言葉も見つからないので、俺は自室へ戻り、一番大きな鞄を取り出した。用意って、何するんだ。とりあえず服か、後は――。

「あ、れ…?」

 視界が揺れる。ポタポタと、何かが頬を濡らし、そして床を濡らす。それが涙だと認識した途端、顔がブワッと熱くなる。何、泣いてんの俺。今の今まで溜め込んでいた何かが、涙と共に込み上げてくる。
 いやだ、いやだ。本当は行きたくない。やっと手に入れた幸せな時間、それがまたこんなに簡単にも奪われるなんて。はっきり言えない自分が悪い。流されて、これも自分みたいなヤツの運命だなんて悟った風に気取って、本当はただ恐かっただけだ。実力行使なんて、何されるか分からない。友達に手を出されたりしたらと思うだけでも恐い。結局は全て弱い俺のせいだ。苦しい、どうして俺はこんな目に合うんだろう。
 グスグスと泣きながら、これからの事を思うと不安で仕方がない。そしてそんな時、折角出来た一番の友達に何も言えずに此処を去らないといけなくなる事実にまた悲しくなる。このままは嫌だな……そう考えると同時に、ある事を思いついた。これ位なら、許してもらえるかと思って。

 次の日、朝早くに家を出ると既にそこには黒塗りの車が止まっていた。いつから待っていたのだろう。けど、時間を指定しなかったそっちが悪いと思う。けど、チャイム鳴らせばいいのに、朝早いから遠慮したのかな。変なとこで律儀だな。

「逃げ出すかと思いました」
「見逃してもらえるならそうするけど」
「それは出来ませんね。しかし、泣く程嫌ならそれ位してもおかしくないでしょう?」

 その男は自分の目元をスッと指差し、薄く笑った。ああ、風にあおられて垣間見えた俺の目元が赤くなっているのに男は気付いたのだろう。からかわれているのだろうが、それに付き合う気にはなれなかった。それよりも大事なことがある。

「一つ頼みがあります」
「一つと言わず、何でもどうぞ」
「この手紙を――高地大樹と言う俺のクラスメイトに渡して下さい。俺の、友人なんで」

 俯き、俺は頭の中で思い浮かべる。笑顔でまた明日と手を振る友人の姿を。
 楽しい時間をありがとう、大樹。さようなら。

「必ず、お届けします」

 その言葉を聞いて、俺は車に乗り込んだ。冥無学園を目指して――。
[ prev | index | next ]

bkm