伝説のナル | ナノ


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「凪と志筑ってさー、そりが合わないらしいんだけど何でか行動は一緒にするんだよね。ホントバカだよな」
「そうなんですか?」

 チョキチョキとハサミを進めながら、昔の話をしてくれる雨宮さんに、俺も興味津々に聞き入ってしまう。また凪さんの口からではなく人伝いから聞いているのには、何だか寂しさを感じてしまうが。と言うか、凪さんを馬鹿呼ばわりする人初めてな気がする。

「まあ俺も、何でか二人から離れらんなかったけどね。面白いんだよなアイツら」

 本当に楽しそうに笑う雨宮さんに、俺も釣られて笑う。それを見計らってか、前髪を大胆に切られた。隠すものがなく外にさらされる瞳が、鏡越しに雨宮さんの視線と合う。

「綺麗な顔してんのに勿体無い。バッサリ行こーぜ」

 ニッと笑うその顔に、俺は力強く頷いた。





「すっげ、ちょー男前」

 遠くで女の美容師さんが何やら騒いで俺を見ていたので少し不安になったが、雨宮さんが俺の背を叩きそう言ってくれたのでその言葉を信じることにした。何だかスース―する。此処まで短いのは初めてかもしれない。何だか落ち着かなくてソワソワしてしまう。

「お待たせ。お会計はこちらでーす」
「早速かよ!…って、そ、宗介!」

 戻ってきていた三人の前に立たされた。雨宮さんに突っ込んでいた剛さんだったが、俺を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。

「やっぱいいな!俺に似てカッコいいぞ宗介!」
「似たのは貴方ではなく弟さんの方にでしょ」

 満足そうな剛さんは、そのままお会計へと向かう。本当にいいのだろうか、少し心配になってその背を見ていると、両頬を掴まれ琥珀色の目が俺の顔を凝視してきた。

「そーすけ…?」
「はい。そうですけど」

 今更どうしたんだろうと首を傾げていると、凪さんが呆れたようにため息をついた。

「初めて見たのかよ」
「うん…多分綺麗なんだとは思ってたけど、へえーなるほどねー」
「待たせたな宗介…って、何してんだ離れろ!行くぞ宗介!」

 目を輝かせ俺の顔を至近距離で見つめる那智先輩を、お会計から戻って来た剛さんが引き剥がし、そのまま俺達は雨宮さんの店から外に出た。最後まで手を振ってくれる雨宮さんに、俺も何度もお辞儀して返した。

「うし。目的は取り敢えず達成したな」
「てか、学園で絶対噂んなるよー謎の美青年!とか言ってさー」

 前を歩く剛さんと那智先輩が、俺の話をしながら歩く。正直俺が皆の目にどう映っているのか分からないが、少なくとも悪い感じには思われていない様で安心した。ホッと息をつく俺の横に、凪さんが歩調を合わせて並んでくる。

「あの、ありがとうございます。休日まで付き合ってもらって」
「いえ。俺は何もしてませんよ」
「これで少しは強くなれればいいんですが」

 そう言って苦笑する俺を、凪さんが優しげに目を細め見つめてくる。

「前より表情が見えていいですね。貴方が笑う顔も、よく見える」
「え?」
「かっこいいですよ、宗介くん」

 優しく微笑み俺の髪にソッと触れてくる凪さんを見て、先程の雨宮さんの言葉を思い出す。

『あの、さっきの話、俺に会えると思わなかったって言うのは…』
『ああ。凪ってさ、基本いつも無表情ってか冷めた表情してるんだけど、いつだったかこっそり成実と学園長と話してるところ覗いたことあってさ』
『そ、そうなんですか』
『その時に二人が「宗介」って呼んで凄く楽しげに笑うから幻覚の魔導でも掛けられてるのかと思ったぐらいに目を疑ったよ』
『でも、それだけじゃ俺とは限らないんじゃ…』
『いや。今日の態度見て確信した。大体俺の所に連絡してくる位だから、余程特別に扱われてると思うよ』

 髪を切っている間の会話。けど、それを聞いてフッと疑問に思う。志筑先生と雨宮さんがそれを覗き見たってことは、それは結構前の話になるんじゃないのか?少なくともここ最近の話の可能性は低そうだ。だが、そうなると変だ。俺は凪さんとこの間会ったばかりなんだ。俺の存在を知る事になったとしてもそれは恐らく去年、俺に入学案内を送った時ぐらいしか無いはずだ。
 それじゃあ、雨宮さんの話が嘘…?いや、とてもそんな風には見えない。断定は出来ないが俺の直感がそう言ってる。

「宗介くん?どうしました?」

 俺が難しい顔をしているのに気付いた凪さんが、心配そうに声を掛けてくる。たぶん、凪さんは多くは語れない。それは番人としてなのか、それとも黒岩家としてなのかは分からない。自分を悟らせないようにしている。だから俺が聞いてもきっと答えはもらえない。けど、俺の口は勝手に頭で考えていることを言葉にして出してしまう。

「凪さんは、昔の俺を知っているんですか…?」

 今日だけでも凪さんの驚く顔を結構見れた気がする。そして表情をすぐ戻し、少し暗いトーンで「雨宮ですか?」と小さな声で呟いた。俺は小さく頷いた。それを横目で見た凪さんは少し表情を曇らせた。俺の問いに答えるかどうか、思案している顔だ。
 それを見て俺は、慌てて凪さんに向って声を掛ける。

「あの、答えられなかったらいいんです。いつか、答えられる日が来たら教えて下さい。色々な事、全部」
「宗介くん…」

 申し訳なさそうな凪さんに、俺は焦った。そんな顔をさせるつもりではなかったんだ。だからいつも通りに優しく笑ってほしい。そう思って俺は下手くそなりに笑う。ぎこちないかもしれない。けれどその意図は凪さんに伝わったようで、「ありがとうございます」と言って笑みを零してくれた。良かった。
 二人笑い合い、空気が穏やかになった所で前から突然突撃された。そのままギュウッと俺の背後に回り抱き付いてくる那智先輩は不満そうに俺達を見る。

「もー宗介さっきから凪に質問してばっかー。俺にもしてー!」

 剛さんがまた、おい!と怒鳴りながら那智先輩を引き剥がす。そう言われればそうかもしれない。けど皆に聞きたいことがないわけじゃない。ただどれもデリケートな問題なのかもしれない。俺が言いにくそうに口ごもると、那智先輩が何でも来い!と胸を張る。なら…と、俺は聞いてみた。

「那智先輩は、どうして俺の護衛をしているんですか?」

 俺の言葉に那智先輩は数秒固まり、そして勢いよく凪さんを見る。凪さんは静かに首を横に振った。何だ、一体。

「宗介、それもクラスの子から?」
「え、いや、これは…」

 何だか先程の空気が嘘のように張りつめている。那智先輩も笑っていない。何だろう、聞いてはいけないことだったのか?レイさんに本人に聞けと言われたから聞いてみたのだが、どうすれば…あ、そう言えば。

「行きの車で那智先輩言ってたじゃないですか。俺の護衛だからって。だから…」
「――嘘はだめだよ」

 抑揚のない声が俺の頭上に降ってくる。恐る恐る顔を上げると、淡く光る金の目が俺を見下ろしていた。思わずビクッと身体が跳ねる。

「だって宗介の心拍数、異常に上がって…いだっ!ちょ、凪!?」
「宗介くんにアナライズを使うな。殺すぞ」
「すいません」

 ゴツッと那智先輩の後頭部に凪さんの拳が飛んできた。遠慮のないその力加減に那智先輩は若干涙目だ。凪さんに小さな声で謝ると、那智先輩は俺の方へ向き直り、ごめんと頭を下げた。

「い、いえ。俺が答えなかったのが悪いんです」
「俺らが言えないことがあるように、宗介くんにも言えないこともあるんだ。あんま詮索すんなよ」
「はいはい…」
「あ?」
「はい!了解でーす!」

 那智先輩はとことん凪さんに頭が上がらないんだな。二人を見て、少し那智先輩が不憫に思えた。





「もしかして、宗介は…」
「ええ。恐らく零部屋に入ったのでしょう。俺達が干渉できないとすればそこしかありませんから」

 お昼を食べるため店に向かう最中、楽しそうに話す那智と宗介の後ろで、剛と凪は真剣な顔つきで話し合う。

「まさか本当にあるなんてな。学園の七不思議ぐらいにしか思っていなかったが…」
「そこで色々吹込まれたようですね」

 余計なことまで知ってしまっている。そう言って苛立たしげに吐き捨てる凪に、剛もため息をつくしかない。

「一人で頑張り過ぎるなよ」
「……誰に向って言ってんだよ」

 小さく囁くような声で言ったにも関わらず、剛には聞こえたらしく、やっぱお前はそうでなくちゃなと苦笑を一つ零した。
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bkm