伝説のナル | ナノ


3

 赤信号で車が止まる。それと同時に、剛さんが俺の方を見て言った。

「特に聞いても面白いことはねぇぞ?」
「それでも、色々聞きたくて…」
「うーん、そうだな」

 考えるように唸る剛さんに、やっぱり駄目だろうかと思わず顔を俯かせる。

「んーとさ、具体的に何が聞きたいのー?」

 しかし、後ろから掛けられたその言葉に勢いよく顔を上げる。那智先輩が後部座席から顔を覗かせて俺を見ていた。それは聞いてもいいと言うことか?そう思ったら嬉しくて少し興奮してしまった。聞きたいことが頭の中に溢れてきてこんがらがる。どうしよう、具体的に…あ、そうだ。

「その、例えば、雷霆についてとか!」
「ブフッ!」

 青信号で発車した車がキキィッと少し揺れた。剛さんを見ると何故か必死に笑いを堪えていた。身体がプルプルと震えてる。ちなみに今吹き出して笑ったのは那智先輩で、そのまま背もたれにひっくり返り壊れたように笑っている。

「フフハ…っ、ヒッハハハハッぎゃあ!」

 バチッと車内に響いた音に驚き後ろを振り返ると、那智先輩がプスプスと身体から煙をあげながらサイドドアにもたれ掛かっていた。隣に座る凪さんはもの凄く綺麗な笑顔で「気にしないで下さい」と俺に笑いかけた。
 その笑顔の意味は、これ以上深入りしない方がよさそうだ。

「……宗介くん、それ何処で聞いたんです?」
「クラスの友達がそう言ってたのを聞いて…」
「まあ、雷霆と言えば魔導士界では有名だからな」

 確かにそう言っていた。その名を知らない者はいないとかなんとか。だが凪さんは咳払いを一つすると、俺を見て困ったように笑った。

「宗介くん、その話は無しにしましょう。話すほどのことでもありませんし…」
「そう、ですか…」

 やっぱり駄目か。少し残念だ。そんな思いが顔に出たのだろうか、凪さんが本当に困ったような顔をしている。

「い、いいじゃん。は、話してあげなよ、ぷふっ、ね、雷霆さん?」
「殺すぞ」
「すいません」

 復活した那智先輩がまた懲りずに笑いながらそう言うと、凪さんの冷淡な声と視線と共に静かになった。

「あ、なら…」

 雷霆の話が駄目なら、もう一つ聞きたいことがあった。

「凪さんはいつから学園の番人になったんですか?」

 俺の問いに、剛さんと凪さんが固まった。何故か、先程より空気が重たい。

「宗介。それもそのクラスメイトから聞いたのか?」
「え、はい」
「そ、そうか。ならいいんだ」

 剛さんがホッとしたように息をついた。どうしたんだろうと不思議に思い凪さんをミラー越しに見ると、腕輪を握りしめながら表情を硬くしていた。何でそんな顔をしているんだ。那智先輩も驚いたように凪さんを見ていた。

「凪?」
「――!」

 ハッとしたように凪さんが顔を上げた。心配そうに見る俺と那智先輩を交互に見て、それからフッと笑みを零した。でもそれが少し寂しげな表情に見えるのは俺の気のせいだろうか。

「すいません。何でもありませんよ」
「で、でも…」
「番人についてあまり詳しくは話せないのですが、そうですね…強いて言うなら」

 腕輪に視線を落とし、愛おしげに腕輪をなぞった凪さんは何かを思うように小さく笑った。

「約束、なんです」
「約束…?」
「俺と彼女の、約束」

 ――だから俺は、命を賭して学園を守ることを誓ったんです。
 俺はそんな凪さんに、驚きで声が出なかった。那智先輩も初めて聞いた話なのか、目を見開いて凪さんを見ていた。ただ剛さんだけは、少し困ったように眉を下げて笑っていた。

「凪が女の子の話するの、初めて聞いた」
「態々話す事でもないからな」
「約束って、何を約束したのー?」

 余程珍しいのか、那智先輩が凪さんの話に食いついた。しかし凪さんはこの話は終わりだと言う意味を込め、手をヒラヒラと振った。えー!と不満げな声を上げ、しつこく凪さんに詰め寄る那智先輩に本日二度目の雷が落ちたのは言うまでもない。





「へえ、凪が久々に連絡寄越すから何かと思ったら…この子がそうなんだ」
「無駄口叩かず仕事しろ」
「まあそう言うなって。志筑は元気か?」
「ああ。相変わらず食えねぇヤツだ」
「お前にだけは言われたくないと思うぞ?」

 車を走らせて三十分。ビルが立ち並ぶ駅前のすぐ傍の駐車場に車を置き、少し歩いたところにガラス張りの建物が。凪さんも剛さんも足を止めることなく、そのままその建物の中に入っていく。カランカランとベルが鳴り、中から「いらっしゃいませー」と元気な声が響く。大樹に連れて行って貰ったところもだけど、やはりオシャレなんだな美容室って。委縮しながら皆に着いて行くと、奥からニット帽を被ったお兄さんが顔を出した。凪さんと何かを話した後、俺の前に立ったお兄さんはジロジロと俺を見ている。俺をと言うか俺の髪か?

「おい、あんま近寄んな」
「河内せんせー、それじゃあ切れませんて」
「河内、先生?」
「え?河内剛先生でしょ?あ、今は学園長か」

 思わず剛さんを見ると、後で話すと小さな声で囁かれた。不思議だとは思っていたけど、耀が学園長の名前に反応しない訳ない。安河内なんて、珍しい名字だと思うし。偽名位使っていても可笑しくないよな。

「いいか雨宮。俺の言う通りに切れよ」
「嫌です。つか入ってきていいのソースケくんだけだから。アンタら外で時間潰してきて」

 はああ!?と剛さんが声を上げ雨宮さんに詰め寄る前に、凪さんが剛さんの腕を引いて扉へ向かう。剛さんが凪さんに抗議の声を上げるも、そのままズルズルと引きずられていく。

「信じていいんだな?」
「誰に向って言ってんのさ。いいから早く行けよ」
「宗介、また後でね〜」

 凪さんの問いに、ダルそうに答えた雨宮さんは俺の背を押して座席に案内してくれる。まだ何かを言ってる剛さんを外に出し、それに続いて凪さんが、最後に那智先輩が手を振って外に出て行った。

「さあ、ソースケくん。どうしよっか」
「え、あの、俺…」
「まあこの髪型から見て答えらんないよね。俺が勝手に弄っていいの?」
「は、はい。お願いします」

 パラパラと俺の髪を触りながら、鏡越しに訊ねてくる雨宮さんにそう答えると、「ん」と笑いながら軽く頷いてくれた。

「それにしても、まさかソースケくんに会えると思わなかったな」
「え…?」
「俺達中学からの付き合いなんだけど、よく三人でつるんでた…と言うか、もう腐れ縁みたいなものかな?志筑って知らない?学園でせんせーしてると思うんだけど」
「はい、俺の担任です」
「へえ、そっか!」

 ニカッと笑うその顔は何だか愛らしさと言うのか、何だか可愛く感じる。背が俺よりも小さいし、何だか余計にそう感じる。

「まあ話は追々するとして、始めようか」
「はい。お願いします」

 最高にかっこいい男にしてやるよ。そう言ってハサミを持つ雨宮さんは、先程の可愛い印象が嘘のように男らしい顔をしていた。
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bkm