伝説のナル | ナノ


35

「宗介、俺――」
「ごめん!大樹!」

 座り込む大樹の前に膝をつき、俺は大樹に頭を下げた。へ?と大樹が間抜けな声を漏らす。

「俺バカだから、お前が何で怒ってんのかも分からなくて余計苛つかせたと思う。しかも俺はお前を信用しきれなくて…けど、大樹は俺なんかの為に反省文まで書いてくれて…凄く嬉しかった。本当にありがとう」

 もう一度頭を下げる。大樹は面食らったようだが、その顔はまた段々と沈んでいく。どうしよう、大樹が酷く落ち込んでいる。

「だ、大樹…」
「宗介、ごめんな」

 今度はえ…と俺が間抜けな声を漏らす。何で大樹が謝るんだ?

「俺、自分のことばっかりで…宗介を守るだなんて大層な事言っといて、結局守れなかった」
「そんな事…!」
「しかも宗介が苦しんでる時に助けてもやれなかった。俺、ホント…最低だ…」

 そんな事ない。俺が辛いとき、背中を押してくれるのは大樹だ。最低だなんて言葉からはとても遠い、俺にとってヒーローの様な存在だ。いつもキラキラしてる。だから、そんな風に自分を卑下して責めないでくれ。そう思ったら身体が動いた。コツン、体育座りをしている大樹の膝で組まれている右手に、額を寄せる。
 「そ、宗介…ッ?」と大樹の焦った声が聞こえる。けど、俺は構わずに言葉を紡ぐ。大樹が息を呑むのが分かった。

「――大樹、ありがとう。俺、大樹と会えてよかった」

 そう言った瞬間、ボオッと大樹の右手の甲に印されているラグーンの紋様が淡く光った。光を放つ紋様を見て、何だか身体が熱くなる。何だろう、この感じ。凄く、温かい。

「やっぱり、そうなんだ…」

 ポツリと大樹が呟いた。紋様をボンヤリと眺めていたかと思うと、その視線が俺にずらされる。そして、大樹が光を取り戻したかのように笑う。

「俺の考え、間違ってなかったんだ」
「考え?」
「……こんなにも、誰かを守りたいと思ったことはなかった。だからもしかしたらって、思ってた」

 大樹が、徐にその右手で俺の頬を撫でる。それがまるで壊れ物を扱うかのように優しい手つきだったから、俺は思わず身じろぐ。

「宗介。俺、頑張るよ」
「…?」
「だって俺は、ガーディアンだから」

 ね?と俺に笑いかける大樹に、俺は首を傾げる。何だかよく分からないが、とにかく良かった。大樹が元気を取り戻して。無事に仲直り出来て。あ、仲直りと言えば…。
 那智先輩とのやりとりを思い出し、俺はラグーンの紋様を何故か愛おしいげに見つめる大樹にもっと近寄った。俺が大樹の横に腰を落としたのに気付いた大樹が、意外に近かった距離に驚いたのか、うお!?と声を上げた。
 そして俺のやろうとしていることに気付いたのか、顔を赤くしながら俺の肩を掴んで引き離した大樹は、かなり必死になって俺に言い聞かせた。

「いいか宗介!キスは本当に好きな人とするもので、友達にするものじゃないの!お前はあの銀髪に騙されたんだよ!」

 ガーンとショックで眩暈がした。それじゃあ俺は大樹の嫌がる事を自分からしようとしたって事か。ああ、だから大樹のヤツ、食堂であんなに怒ってたのか。俺が間違った行動をしているから、友達として助けてくれたんだ。いやいや、早めに教えてくれて助かった。それにしても那智先輩、そんな嘘をどうして俺に教えたんだろう。俺の反応を見て面白がっていたのか?うーん、よく分からない。
 悪かったと大樹に謝罪していると、再び教室の扉が開いた。中から「宗介…?」と蓮が顔を出してきた。

「あ、悪い蓮。待たせた」
「宗介…クラスの人?」
「ああ。井島蓮っていうんだ。そうだ大樹、俺達と飯食わないか?蓮もそれで良いか?」
「え、あ、うん。俺は構わないよ」

 良かった。一安心して息をつかせていると、蓮がこそっと耳打ちしてきた。

「宗介さ、ガーディアンとどういう関係なの?」
「大樹…?前の高校の友達だ」

 へえと声を漏らす蓮は思案した後、今度は大樹に近寄り、何かを耳打ちする。そしてそれを聞いた大樹の顔が、またしても赤く染まったかと思うと、蓮に「お、俺は別にそんな!」となにやら慌てて弁解していた。蓮はそんな大樹を見て、ニヤニヤと笑う。

「さあ宗介。行こっか!」
「ちょっ、井島!」
「蓮で良いよ。俺も大樹って呼ばせて貰うし」

 ほらほらと俺の背を押して廊下を走る蓮と俺を、大樹が後ろから待てー!と言いながら追いかけてくる。一体何を言ったのか気になるけど、俺としては二人が早くも仲良くなったことに嬉しさを感じる。何だかこの感じ、前の高校に戻ったみたいだ。そう思うと嬉しくて、俺は久々に声を上げて笑った。
 結局購買で昼飯を買った俺達は、中庭で昼食を済ませた。何でも、食堂はもう昨日の夜には直っていて利用できるらしいが、やはりまだ行きづらいと言う理由で暫くは此処でとることにした。
 そして二人と別れ、部屋に帰った俺は、部屋の前でうずくまる那智先輩と会った。俺を見るなり飛びついてきた先輩は、心なしか震えてる。そして何度もごめんと謝ってきた。大樹も先輩も、何で謝るんだ。俺は今にも泣き出しそうな声を絞り出す那智先輩の背を撫でながら、俺は大丈夫ですよと何度も呟いた。それよりも那智先輩の身体の方が大丈夫ではない気がする。そう思って聞いたが、那智先輩は今度はヘラッと笑って大丈夫と言った。それなら良かった、良かったのだが…。

「那智先輩、どうして俺に嘘を教えたんですか?」
「んー?嘘?」
「友達同士はキスで仲直りするって言ったやつです」

 ああ、それ。と何のことはないと言わんばかりに呟いた那智先輩は、うーんと首を捻る。何でだろうと考えてそうな顔だ。

「理由は分からないやー」
「分からない?」
「うん。でもあの時は宗介にキスしたからったから、丁度いい材料だったんだよね」

 ごめんね、とまた悪びれた様子もなく謝る那智先輩に思わず溜め息が出る。まあこの人らしいと言えばらしいのかもしれない。さっきみたいに元気がないと逆に心配になるし。
 それを素直に告げると、那智先輩は数秒沈黙した後、フハッと吹き出して笑った。やっぱ宗介さいこーと言いながら俺の頭を撫でる那智先輩は、凄く優しかった。





 そして次の日の朝、掲示板に貼られた掲示物に学園がざわつく。耀をナルとする――その話題が、朝から持ち切りとなった。
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bkm