伝説のナル | ナノ


32

 シンッと少し間が空く。それが気まずくて、俺は慌てて話題を口にした。

「あの、何で俺を此処に呼んだんですか?」
「ん?ああ、本当はもう少し早く呼びたかったのだけど、何だか色々大変そうだったからね。それに護衛もついているし」
「護衛…?」

 その言葉に首を傾げる。護衛って、何の話だ。

「黒岩の再起の子だよ」
「再起、の子?」

 黒岩って凪さんと那智先輩のことだよな。でも再起の子なんて呼ばれ方聞いたことない。

「最近一緒にいるでしょ。銀の髪に金の目の子が」
「那智先輩、ですか?」
「そう、黒岩那智。…黒岩家は古くから存在していてね、初代の当主が銀の髪に金の目だったらしいよ」
「そうなんですか」
「けどその後の黒岩家は人材に恵まれず、衰退の一途を辿った。しかし、此処最近は持ち直してきているようだね」

 まさかこんな所で二人の家の事情を聞くことになるとは。俺が勝手に聞いていい話なのだろうか。

「彼のお陰、かな」
「那智先輩ですか?」
「いや、もう一人居るでしょう?天才の弟に地位を奪われた子が、もう一人」

 その言葉にドキッとする。あまり俺が深く聞いてはいけないと思って聞けなかった事がある。普通なら、そう言う名のある家は長男に継がせるんじゃないかって思っていた。けど、この前那智先輩が黒岩家の当主になると言っていた。
 じゃあ、長男である凪さんは?今は一体どう言う立場なのだろう。

「家を継ぐのは黒岩家の再起となると一族から祭り上げられる弟。けど実際魔導士最強とまで言われ、この冥無の番人として黒岩家を活気づかせているのは兄。お互い難しいところだね」

 知らなかった。二人とも普通に話して普通に接しているから、そんな複雑な事情があるなんて全然知らなかった。前に那智先輩が最強と言う言葉を否定していたのは、もしかして凪さんの存在があるからなのか?
 悶々と頭の中で考え、難しい顔で俯く俺を見て、レイさんは話が逸れたねと言って話を戻してくる。

「黒岩家は代々仕えることを生業としているから、宗介の護衛にはもってこいだけど…あれだけ張られたら迂闊に近付けなくて」
「何で俺に護衛なんか…」
「それは私に聞くより本人達に聞いた方がいい。その方が宗介の為にもなる」

 何でも知っているなら教えてくれてもいいのに、俺が直接聞きづらいことは教えてくれないんだなこの人。
 凪さん達に聞いたら、教えてくれるかな…けど怒ってるから、口も聞いてもらえないかもしれない。

「宗介、それは癖なの?」
「え…いッ」
「跡になるからやめなさい」

 ビリッと唇に痛みが走る。レイさんが親指で唇を撫でたからだ。よくよく考えてみたら確かに癖なのかもしれない。今日だけでも結構噛んだ気がする。

「あまり考え過ぎない方がいい。誰も質問だけで怒ったりしないから」

 そう言って俺の頭を撫でるレイさん。さっきから思っていたのだがこの人、俺の心の中が読めるのか?俺は思ったことを口に出していないはずだ。
 その答えなのかは分からないが、ニコッと笑みを一つ寄越してくれた。読めない人だな。

「また話が逸れたね。何だったかな、ああ…キミを呼んだ理由だっけ。それはね、ズバリ――」

 漸く核心に迫ると思いきや、レイさんは悪戯っぽく笑うと人差し指を唇の前に立てた。

「秘密だよ」
「は…」
「時間切れだね。もう気付かれた。中々敏い子だな。早く戻った方がいいかな」

 徐に立ち上がったレイさんを思わず呆けた顔で見てしまう。此処まで話して秘密?それに時間切れ?え、なんだ、色々急すぎて頭が着いていかないぞ。
 そんな俺の手を取り、立ち上がらせてくれたレイさんはまた自然な動作で俺の前髪を上げる。そして何を思ったのか、俺の額に唇を寄せた。柔らかな感触が肌に伝わる。

「何…して」
「父親似だね。母親の面影もあるけど」
「え…?」
「いつでもおいで、宗介。ああ、それとこの部屋でのことは内緒にね」

 突然のことで固まっていた俺を、レイさんが突き飛ばした。グラリと傾く身体は床に打ち付けられることはなく、何故か俺の下で口を開けて待っていたあの白い扉に吸い込まれた。「待ってくれ!」と叫んでも俺の落下は止まらない。どうして、なんでだ。まだ聞きたいことがあるんだ。

(父親似だね。母親の面影もあるけど)

 その言葉の意味…彼は、俺の両親を知っている?
 しかし俺の願いも虚しく、あの部屋はどんどん遠ざかっていくのだった。 
[ prev | index | next ]

bkm