伝説のナル | ナノ


2

 当時、俺も両親の傍に居たらしいのだが、全くもってその時の記憶がない。ホントこれっぽっちも。だから親がどうして死んだのかなんて人伝いに聞いただけだ。医者は精神的なショックで記憶があやふやになったとか何とか言ってたけど、あやふや所の話じゃない。一年ぐらいの記憶がごっそりとないのだ。だが、それを医者に言っても返ってくる答えは一緒だろう。しかし、本当に可笑しな話だ。まるで何か頑丈な箱に閉じ込められたかのように記憶がないのだから。
 まあそれはともかく、俺がぼやぼやと病院に入院している間に、両親の葬儀は終わり、俺の引き取り手が見つかった。それが今住んでいるこの光城家。母の兄にあたる人の家だ。そして先程扉の前で騒いでいたのが、光城家の長男に生まれた俺と同い年の光城耀。一応アイツが義弟の扱いになる。性格がご覧のとおり、物凄く悪くて女かよ!ってツッコみたくなるくらい猫被りな奴だけど、如何せん顔が良い。て言うか女顔って言うのかな、あれは。だからか、両親からめっさ甘やかされて育ち、かなり我儘自己中心的な性格になっていった。まあ俺と言う存在もあって、あいつは自分が誰よりも優れて、愛されている存在だと思っている。実際どこ行ってもその輪の中心にいるからな、耀は。
 階段を降り、玄関に置いてある大きな姿見で俺は自分自身を見た。ぼさぼさな黒髪。伸び切って目が隠れてしまっている。そっと横へと髪を梳くと、久々に自分の素顔とご対面。真黒な目玉と目があった。うーん、確かに耀とは違って可愛くない。けど、そんなに悪くない面だと思うんだけど…外に出る時もこんな感じだから、誰かに容姿を褒められたことなんかない。つまり、あんま良くないって事になるのか?光城家の人たちにも、恥ずかしいからその顔が見えないようにしろって言われてたしな。誰かと比べようにも、参考になりそうな人はいないし。

「何鏡なんて見てんの。気持ち悪ぅ」

 その声にハッとして、廊下の方へ顔を向ける。リビングから顔を覗かせた耀が、小馬鹿にしたように鼻で笑ってまたリビングに戻って行った。へいへい、気持ち悪くて悪かったな!と内心愚痴りながら、俺もリビングへと足を踏み入れた。
 案の定、テレビの前のテーブルで食事をしている奴らから離れた隅っこに小さなテーブルが置かれ、その上にご飯が用意されていた。まあ、忌み嫌われてようと、食事と住む所、そして学校へ行かせてくれていることには感謝してる。だからこそ、俺はどんな扱いを受けようと耐えることが出来るのかもしれない。
 ワイワイと笑いながら談笑する耀とその両親を横目に、俺はテレビに背を向け、いただきますと呟いて飯をかきこむ。早く食って早く勉強を再開させよう。その一心で聞こえてくる笑い声とテレビの音を耳に入れないように流していた。

「けど、流石は耀だ。あの学校に選ばれるなんて。やっぱり父さんの子だな!」
「昔から特別だとは感じていたけど、まさかね……将来が約束されたも同然よ」
「僕も驚いたよ。まさかあの美月冥無学園に入学出来るなんて。ましてや、自分が『魔導士』になれるなんてね!」

 ……ん?みつき、くらむ?何かどっかで聞いたことあるような名前の学校だなアハハ。
 つい耳に入ってきてしまった内容に、俺は固まった。いやいや、そんな馬鹿な。大体、魔導士なんて空想の人物だろ。なのに、耀ときたら何故あんな嬉しそうな声で魔導士について話しているのだろうか。て言うか、本当に存在するとでも思っているのか?嘘だろ?

「まあ僕はアイツと違って出来がいいしね」

 そう言って、耀が俺の背に向かって暴言を吐いた。それに続くように彼の両親もフンと馬鹿にするように鼻を鳴らしたのを聞いた。しかし俺はそれどころではない。グルグルと彼らの話のリアルのなさに混乱していた。と言うか俺は、正直学校では友達いないし(耀が俺の悪い噂を流しまくったから)、家に帰ってもテレビは見せてもらえないし、家の中を勝手に歩き回ることを良しとされていない。外に出かけようにもお小遣い貰ってないから、基本部屋で一日を過ごす。学校から家までの距離を、寄り道せずに帰ってくる俺はかなりの優等生だと思う。
 そんな俺に与えられるのは耀のお下がり。服は流石にお下がりって訳にはいかなくなったから、おばさんが時々買ってきてくれるけどね。けど、耀のいらなくなった本はすべて俺のもとにやってくる。それが唯一俺に世界を教えてくれるものだ。パソコンや携帯なんてモノ俺は使ったことがない。あ、パソコンは授業で使ったか。
 とにかく、外界の事情をよく知らない俺はどうしてこんな話を普通にしてられるのか、それが不思議でたまらない。なに、一般常識なのか魔導士って。でも学校の教科書とかにはそんな凄い存在は書かれていなかった。精々絵本の中でその存在を見たぐらいだ。なのにこれは一体どういう事だ。
 だが、悶々と考え込む俺の横に立った耀によって、その問題は即解決したのだった。

「どーせ無知で何も知らないだろうから教えてやるけど、美月冥無学園は中高一貫の超有名な全寮制の学園で、将来有望な魔導士を育て上げることを目的としている所だ。馬鹿なお前は魔導士なんて架空の者がいる筈ないとか思ってるだろうけど、魔導士こそが世界を影から支える立役者だ。冥無学園は今となっては稀少となった魔導士候補を全国から集める数少ない魔導学校の一つなんだよ」

 分かったか無能。そう口に出さずとも、目だけでそう言われた気がした。えっと?つまりは、それに選ばれた耀は凄い……って事か。だから皆で凄い凄いと褒めてたのか。へえそれは凄いなぁ。いやいや、無理だ。ごめん。説明されたけど全然頭に入ってこない。無理、受け入れられない!

「俺はその中でも稀な光属性でSクラスに招かれてる。ま、光城家は代々光を受け継ぐ者だからね。当然だよ、ねえパパ」
「ああ。パパも昔は冥無学園に通ってたからね。耀ほど優秀な魔力は持っていなかったけど、光属性ってだけで周りから憧れの眼差しを受けていたよ。だから、耀なら絶対、伝説になれる!」
「昔パパが話してた、何だっけ?『伝説のナル』だっけ?」
「そう。かつて魔導士が王国を造り上げた時、そのトップに立っていたのが、ナル……今は存在しえない、どの属性にも属さない無属性の名称だ。そして彼の元に集まる七人のガーディアン……彼らは王国に栄光をもたらしたと言う。だから冥無学園は、今もそのナルになりうる魔導士を探している」

 だから、耀なら……そう言って言葉を切ったおじさんは、期待の眼差しを耀へと送る。耀も、自分ならと思っているのだろう。その眼差しを受けるのは当然という顔をしていた。

「もうずっと現れていないんでしょ?そのナルってのは」
「ああ。冥無学園を建てた創立者が、最後のナルだと言うのは聞いていたが……それも百年以上前のことだからね。詳細は分からないんだ」
「じゃあ本当に謎なんだね。幻の無属性は」

 耀がふーんと相槌を打つのと、俺が夜ご飯を食べ終えるのはほぼ同時の事だった。俺はその後も理解できない会話を続ける耀たちの横をすり抜け、食器を片した。俺よりも冥無学園に興味がいった耀に絡まれる前にと、俺は急いで二階の自室へ駆け込んだ。
 そして静寂に包まれた自室で、ずっと肺に溜め込んでいたかのような重苦しい息を盛大に吐き出した。

「っ、ありえねぇ!」

 一言、少し大きめに吐き捨てる。幸い光城家はお金持ち。防音性に優れた家だから、多少大きな声でもお隣はおろか、下の奴らにも聞こえまい。聞こえないだろうけど――。

「え?何、魔導士?何それ、え?何であんな冗談恥ずかしげもなく言えるんだ?え?ん?」

 え?え?と繰り返してもそれに返答はない。あまりの現実味のなさに頭がクラクラする。しかも皆騙そうとしていた様には見えない。本気だった。だから、尚更だ。そしてハッとする。

(そうだ、あの手紙!)

 急いで引き出しを開け、先程の手紙を手に取る。

『安河内宗介様』

 宛名を見て、再度俺宛だというのを確認する。そして、裏面には冥無学園の文字が羅列していた。何で俺に?と言うか、先程の会話からすると、おじさんは魔導士だってことだよな?しかも耀も自分が凄い魔導士になると自信を持っている。けど、俺は十五年経って一度もそんな力を使うやつの話なんて聞いたことないし、自分がそんな凄いものを持ってる自覚もない。なのに、なぜ?ああ、駄目だ。頭がグラグラして考えが纏まらない。
 もう、あれだ。寝よう。寝て忘れよう。そう思い、ポイッと無造作に手紙を投げ捨て、俺はいそいそと布団に潜り込んだ。明日の朝になって、この手紙が無かったことになっていればどんだけ楽か。将来を約束された学園――魅力的に聞こえるが、俺は認めないぞ。と言うか、耀と違う学校へ行くのをこれでもかと言うほど待ち続けたのに、全寮制の学校なんかに放り込まれてみろ。俺の思い描いていたハッピーな学園生活がアイツによって崩れ去ってしまう。それだけは嫌だ。それにもう進路決めたし、今更変えるつもりもないしな。だから、この手紙はなかった事に――!

 そんな俺の思いが通じたかのように、朝目覚めた俺は床に放った手紙が跡形もなく消えていた事に安堵するのだった。ああ、そう言えば、部屋の鍵開けっぱで寝ちゃった。まあいいか。
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bkm