伝説のナル | ナノ


31

 部屋に入って最初の感想は、一言で言うと寂しい部屋だった。しかも、さっきの部屋よりも白く感じるのは部屋にある大きな窓からの光のせいか。それにしてもこの窓、外の光を通す割に景色が全く分からない。この部屋と同じ真っ白だ。
 後ろ手に扉を閉め、俺は奥へと歩みを進める。寂しいとは感じたが、さっきの部屋よりは物が置いてあるし、広さも中々だ。中でも一番気になるのがこのおびただしい数の本の山。本棚がこれだけ存在しているのに、何故この本は散乱しているのか。本で埋もれた大きな机の上に、下に落ちている本を置く。これ以上乗せると本が崩れてきそうなので、この辺にしておこう。

「――いらっしゃい、宗介」

 たくさんの本に気を取られていたので、部屋の隅に置いてあった真っ黒なソファーに座っている人が居るなんて思いもしなかった。今の声、間違いない。俺を呼んだ人だ。ゆっくりそちらへ視線を移し、その人を見据えた。その相貌に思わず息を呑む。
 光で透き通った美しい白い髪。一瞬で目を奪われた。那智先輩とは違い銀髪ではなく、本当に白髪。しかし一番綺麗だと思ったのは髪ではなく、その真っ赤に光る瞳だった。うっすら笑みを湛え、その瞳で見つめられると、思わず身震いしてしまう。

「立っているのはなんだから、此処に座りなよ」
「え、あ…あの、貴方は…」

 俺の心情を知ってか知らずか、自分の横をポンポンと叩いて呼ぶその人に、俺を此処に呼んだ理由を聞きたくて口を開いたのだが、思った以上に緊張していてどもってしまう。
 そんな俺を見て、その人はもう一度自分の横へと促してくる。話は座ってからか。俺は一呼吸落ち着かせ、その人が座るソファーへ腰掛ける。こんな広い部屋なのに、端のソファーで二人で座っているのは何とも不思議な感じだ。しかし、こんなに至近距離で隣り合わせているにも関わらず何故か安心感さえ抱く自分に少し違和感を感じる。初対面なのに何でだろう。
 膝と膝を合わせ背筋を伸ばして座る俺は、さながら面接前の学生と言った具合だ。誰から見ても緊張しているのが分かるだろう。そんな余裕のない俺の頬を、スルッと自然な動作で撫でられ思わず身体が跳ねる。

「緊張しているのかな。少し固いね」

 やっぱり言われた。きまりの悪さに視線を逸らす。

「楽にしていて。私は私でキミの顔を眺めているから」
「えっ」

 その言葉に思わず声を上げる。それは流石に気まずい。慌てた俺を見て、その人はまた綺麗に笑う。何だか調子が狂う。

「あの、貴方は一体…」
「レイ」
「え?」
「レイって呼んで、宗介」

 俺の言いたいことを見越していたのか、ニッコリ笑って言った。ずっと思っていたのだが、何故この人は俺の名前を知っているのだろうか。まだまだ聞きたいことがたくさんありすぎて言葉に詰まる俺に、レイさんは落ち着いた声で言葉を紡ぐ。

「宗介、この部屋が何か分かるかい?」
「いえ、全く」
「この部屋はね、特別なんだ」

 それは何となく分かる。部屋が突然現れたりするのはふつうじゃないと思うし。

「だから、キミが呼べばいつでも来るよ」
「え?」
「この部屋がそれを望んでいるからね」

 意味が分からない。俺が呼べば、この部屋がさっきみたいに俺の所へ来るって事か?そんな、なんで。

「もれなく私もついてくるけど、遠慮なく呼んでくれ」
「いや、え…冗談ですよね?」

 そう聞いたものの、その真っ赤な目が嘘をついているようには見えない。本気、なのか。よく分からない。部屋が望んでいるとか言われても俺にはどうしていいのか分からない。困惑しているのが相手に伝わったのか、レイさんは無理に呼ばなくても、気が向いたら呼んでみるといいと言った。そんなんでいいのか。
 とは言え俺がこれ以上考えても答えは出ないし、この人に聞いてもたぶん返ってくる答えは俺の望むものではなさそうだし、あまり深追いするのは止めておこう。そこで考えを打ち切った俺を、レイさんが少し悲しげに笑いながら見つめてくる。

「キミがそうなってしまったのは、あの家の者のせいか」
「……え?」
「いや、何でもないよ」

 そう言ってニッコリ笑うその顔には、先ほどのような悲哀に満ちた様子はなくなっていた。
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bkm