伝説のナル | ナノ


30

 目の前を歩く凪さんの背中を眺めながら、俺達は一切の会話もなく地下を目指す。けど、地下に繋がる階段なんてあったか?そう思っていると、凪さん達が向かったのはエレベーター。そこで、成る程と思った。これもまた凪さんの力で繋げているのか。そう思ったのだが、それは違ったようで階を選ぶボタンの下に鍵穴があり、そこを開けるとなんと地下へのボタンが付いていた。何でもかんでも魔導に頼らないよ、そう言っていた那智先輩の顔が浮かぶ。

「彼を一番端の零号室へ」

 俺の後ろに立っていた黒服の人にそう告げると、凪さんはそのままエレベーターを降りた。エレベーターの扉が閉まるまで凪さんを見ていたが、一度も俺を見ることはなかった。それが少し淋しいなんて、彼を怒らした俺が言うことではないか。





「入れ」

 短くそう命じられ、大人しく小さな部屋の中に足を踏み入れる。地下と言うからもう少しジメッとしているかと思ったが、案外空気はよく、部屋の中も綺麗だった。綺麗というか、壁が白くて物があまりないせいだからかもしれないが。けど、此処で懲罰が行われるのだ。懲罰と言う言葉が結び付かない部屋というのも中々気味が悪いな。そう思っていると後ろで扉を閉められた。部屋はこんななのに、何故扉だけ重々しい鉄の扉なのだろう。そこだけ牢獄みたいで変な気分だ。
 奥に備え付けてある質素なベッドに腰掛け、俺は一息つく。肺の中に溜め込んでいたかのように重苦しい溜め息に、思ったよりも緊張していたのがわかる。正直言うとこれからどうなるのか想像もつかなくて怖い。けど二人に代われた事だけは凄く嬉しい。だからこれで良かったのだ。そう心の中で呟いた瞬間、突然視界の端で光を捉えた。部屋の明かりとは違い、淡く辺りを照らすかのような光に釣られ視線を移す。

「……は?」

 思わず間抜けな声が漏れる。幸い外に立つ見張りの人には聞こえなかったらしく、中を覗かれることはなかったが、それにしても理解しがたい。
 何だってこんな所に扉が?さっき部屋に入ったときにはなかったのに。そう、いつの間にか白い扉が部屋の横についていた。さっきの光はこの扉の光だったのか。そうは言ってもあまりに突然のことで少し怖い。害があるのかないのかさえ俺には分からないし。取り敢えず、外の人に知らせた方がいいかもしれない。そう思いベッドから立ち上がった瞬間、再びあの声が頭に響く。

〈宗介――おいで、宗介。その扉を開け、私の元へ〉

 ビクリと肩が跳ねる。俺を呼んでいる?一体、この人は誰なんだ?
 どうしようと思わず立ち止まり、鉄の扉と白い扉を交互に見る。しかし何故だか白い扉の先が気になって仕方がない。それに、さっきの声の人には助けられたし、お礼ぐらいは言っておきたい。しかし、拘束された俺が勝手にこの部屋から出るのは如何なものか。うーんと首をひねり困った俺の様子を見ているのか、その声の主がクスッと小さく笑う。

〈大丈夫、そう時間はとらせないさ〉

 そう言われ、一度鉄の扉を見る。そして、すいませんと小さく謝罪し、俺は白い扉へと手をかけた。少しだけ、この部屋から出ます。
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bkm