伝説のナル | ナノ


29

 凪さんの指示で黒服の人達に拘束される二人を見て、俺は言い知れぬ不安に埋め尽くされる。校則を破ったから二人は連れて行かれるらしい。しかも、この後には懲罰が待っているとか。それが一体何なのか想像もつかなくて胸がざわつく。駄目だ、このまま二人を連れて行かせるなんて。

「凪さん」
「地下へ運べ。それから尚親、風紀委員長であるオマエが事を収めなかったのも問題だな。来い」
「……チッ」
「凪さんッ!」

 グッと凪さんの腕を掴む。どうしてか一度も俺を見ようとしない凪さんに、俺はどうにかして話を聞いてもらおうと無理やり自分に向かせる。漸く俺を視界に入れた凪さん。けどその視線はいつもの優しげなものとは程遠い。

「宗介くん。仕事の邪魔です。またお話は今度……」
「今回の事は俺が悪いんです!だから、皆を連れて行くのだけは…ッ」

 俺の言葉に凪さんの眉がピクリと上がる。しかし相手にしてもらえず、俺が掴んだ手をソッと外す。

「では貴方がこの大地の魔導を発動させたと?」
「そ、れは…」
「しかも岩の端々が消滅している所を見ると、闇属性の魔導も使われたと断言できます」

 俺が気付かなかっただけで、那智先輩も魔導を使っていたのか。だからさっき両者と言っていたのか。

「生徒間の魔導士の争いはご法度です。しかも彼らは周りを顧みず中々の大技で食堂を滅茶苦茶にした。貴方が庇うなど、筋違いもいいところです」
「違う!」

 声を上げた俺に、凪さんが少し驚いたように目を見開く。いつも俺の話を聞いてくれた凪さんだけど、今日は違う。それを少し悲しく思いながらも、俺は自分に非があるともう一度言った。実際そうだろ。大樹が怒ったのはどうやら俺が原因らしいし、正直何がいけなかったのか理由ははっきり分からないが、那智先輩はそれに巻き込まれただけで、つまりは俺がハッキリしていなかったせいで二人が言い争いを始めてしまったんだ。
 だから、二人に非はない。日比谷さんの事は何がいけないのかよく分からないけど、とにかく懲罰を受けるのは二人ではなく、大本の原因となる俺だと思う。けど凪さんは聞く耳を持ってくれない。そうしている間にも二人は手錠で拘束され、連れていかれようとしている。ああ、駄目だ。どうして、俺はこうなんだろう。守りたい人も守れない、無力な自分。凪さんが、話はこれで終わりと言わんばかりに背を向けた。

〈――そこで諦めるのかい?〉

 突如、頭の中で誰かの声が響く。膜に包まれ声が反響しているかの様に、本当に響くような声。思わず俯かせた顔を辺りに向ける。しかし、今の声の発信源の様な人はいない。では今のは…?

〈宗介。キミは何のために此処に来たのかな?〉

 まただ。やはり気のせいではない。耳に手を当て、俺は頭の中で響く声に応える様に目を閉じる。何のために?それは父さんとの約束を守る為…その為に此処に残った。

〈それだけ?もう一つあったでしょう。キミ自身の決意が、もう一つ〉

 そう言われて思い出す。そうだ、何で忘れていたんだ。俺はこの間決意したじゃないか。それを他人に思い出させてもらうなんて本当に馬鹿だよ、俺は。そう、俺は此処で父さんの願いを叶えるのともう一つ――変えたいんだ、自分を。そして、皆に返していける立派な人間になりたいんだ。だから、此処で意見一つ聞いて貰えない様じゃ駄目なんだ。
 閉じた目を開けると、先程と同じ光景が目に映る。心の中で誰かと話していたのだからもう少し先に凪さんが居ると思ったけど、さっきと何ら変わらない位置に居て助かった。そして俺はゴンッと周りが聞いても痛そうな音を立てながら床に頭をつけた。いや、実際凄い痛い。けど、凪さんの足や、黒服の人達の足を止めるには十分だった。

「宗、介ッ!?」
「っ…そ…すけ…?」

 自分が連れていかれそうなのにそんな焦った声出すなよ大樹。ああ、それと、後でお前に謝らないと。何で怒っていたのか、俺が馬鹿なせいで大樹に凄く迷惑かけた。ホント悪い。那智先輩も、凪さんに蹴られたからか壁に激突した衝撃でなのか分からないが意識が朦朧としているみたいだ。さっき、先輩が落ち着かせてくれたお蔭で上手く呼吸が出来た。何と言うか、凄く安心した。優しくて温かかった。
 周りから見たら俺はどんな風に見えるのだろう。俺の言ってることや主張は全て自己満足に過ぎないって笑われるかもしれない。けど、俺はただ黙って大事な友人が傷つく姿は見たくない。だから、少しでも、凪さんに俺の思いを分かって欲しい。その懇願からの土下座だった。耀が見たら喜ぶ恰好だろう。今のアイツが何を思って俺のやり取りを見ているかは分からないが。

「――ッチ」

 お願いします。ひたすらにそれを口にしていた俺の頭上で、凪さんが舌を打った。それに思わず身体が跳ねる。ああ、凪さんまで怒らしてしまった。けど、今の俺にはこうするしか…。

「……全員、下がれ」
「し、しかし」
「下がれ」

 凪さんの言葉に俺は勢いよく顔を上げた。困惑する黒服の人達に、低くドスの聞いた声で命令する凪さん。黒服の人達はそれに気圧され、拘束していた大樹達から手を放した。良かった、俺の願いを聞いてくれた。

「……二年Kクラス、安河内宗介。職務妨害の為、連行する」

 それを聞いた瞬間、大樹がふざけんな!と凪さんに飛び掛かろうとした。しかしその前に黒服の人達に再び取り押さえられる。そんな大樹に俺は一度視線をやり、「また明日」と口だけ動かした。それが伝わったのだろう、大樹が目を見開き、俺の名前を叫ぶ。
 俺は再び凪さんを見上げ、冷たい瞳と目を合わせる。俺が静かに頷いたのを確認すると、凪さんが俺の手に手錠を嵌め、俺を引っ張り立たせると、手錠の鎖を引っ張って歩き出す。
 ひんやり冷たい手錠を肌に感じながら、向かうは地下。
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