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「耀が呼び止めてるのに勝手に飛び出して行くなんて。これだから新参者は…」
「あのさ、俺をお前等と一括りにしないでくれる?」
「お前っ、姫に対してその態度はなんだ!」
大樹に悪態をついた男は、短い茶髪をたて、胸元を全開にして如何にも不良ですと言わんばかりの恰好をしている。そしてその横には南井。今日もまた大きな目を吊り上げている。
「テメェはガーディアンだろ。俺にとっては不本意極まりないけど、耀の傍から離れるべきじゃねぇだろ」
「はあ?それってどう言うことー?」
何故かその言葉に反応したのは大樹ではなく那智先輩だった。そして耀の後ろに居た日比谷さんが冷たく言い放つ。
「何も聞いてねぇのかお前。耀は今回の実技試験でナルの最有力候補に上がってる。恐らくそう遠くないうちに発表があるだろう。耀がナルに指名されるってな」
「冗談…耀がナル?本物のナルが現れたのに代役立てるの?馬鹿だろソレ」
「耀がナルである可能性が高いとの判断だ。そして俺もお前も晃聖も…元ナル候補はガーディアンの候補として名が上がってる。後そこの大地のガーディアンもな」
ピリッ、肌を刺す空気が俺達の間に流れる。それは那智先輩が原因らしく、彼にしては珍しく顰めっ面になっていた。怒っていると誰が見ても判断できる。
「ふざけんな。ぜってーイヤ、死んでもイヤ」
「俺の判断じゃねぇよ。学園の判断だ。つか、お前ガーディアンになりたかったんだろ。なら願ったり叶ったりじゃねーか」
日比谷さんの言葉に、那智先輩はフンと鼻を鳴らして笑った。
「俺がなりたいのはホンモノのナルの守護者だっての。バーカバーカ、尚親のバーカ」
「テメェぶっ飛ばすぞ!」
「俺もイヤだね。俺がそいつを守る理由は何一つない」
「テメェ、耀になんて事を…!」
「うるさい理人。お前は黙ってて」
横で騒いでた不良を制止し、スッと耀が前に出た。俺を一切無視して大樹の傍による。そして何を思ったのか、凪さんの時と同様に今度は正面から大樹に抱きつく。さすがに驚いたのか、大樹がギョッとした顔で耀を見た。
「ちょっ、何して…!」
「大樹、なんで俺の傍にいてくれないの?そんなに俺が嫌い?」
「お、俺は……」
出た、耀の泣き落とし作戦第二弾。あんな上目遣いされたら、流石に邪険にはし辛い。困ったように耀を見下ろす大樹を見て、俺の心臓がズクッとイヤな音を立てた。
大樹は優しい。クラスで俺みたいのが浮いてたら直ぐに声を掛けて輪に入れてくれる。だから今の耀を放っておく事なんて出来ないのだろう。俺にとっては掛け替えのない友達。だけど大樹にとっては沢山の友達の中の一人に過ぎない。そんな俺が、耀と大樹のやり取りを邪魔するなんて事は出来ないし、資格もない。
けど、俺は知っている。何度となくこの場面を見てきた俺にはこの先の展開が読めるんだ。だからこそ、こんなにも心臓が煩いのか。この十年間、俺は悉く耀の策略に嵌った。日常生活は勿論、いつも一人で居た俺なんかに声を掛けてくれた優しい大人や同級生まで、自分の味方に引き込んだ。今度は一緒になって俺を侮蔑する人達を、俺は泣くことも出来ずにただ呆然と見つめるだけ。けどもう、それが当たり前のことだったから、俺は気にしないようにしていたんだ。そして今耀は大樹を自分の方へ引き込もうとしている。なのに、俺の身体はどうして動かないんだろう。
言いたいことは言えばいい、そう言った凪さんの言葉が過ぎる。それでも俺の口は開くどころか噛み締め過ぎて血の味までしてきた。一歩一歩、無意識のうちに後ずさる。いやだ、いやだ。大樹だけは、俺の友達だけは耀に奪われたくなんかないのに、耀に逆らってきたことのない俺の身体は、そのまま見てろと言うかのように動かない。次第に息をするのも辛くなって浅い呼吸を繰り返す。苦しい、そう思った時、ギュッと後ろから誰かに抱きすくめられた。
「そーすけ」
「…ッ、那、智…せ…っぱ…」
「大丈夫だから、ね?」
ハクハクと口を動かして空気を求める俺に、優しい声で那智先輩が言う。俺のお腹を優しく摩り、後ろから俺の顔を覗き込んで、そして少し心配そうに眉を下げる。
「唇噛みすぎ。血が出てる」
「ぅ…ッ、あ……」
「んーん。いいよ、俺が治してあげる」
そのまま俺の頬を撫でた那智先輩が、クッと少し俺の顎を上げて上を向かせ、そして徐に顔を近づけてくる。何しているんだろうと、酸欠気味の頭でぼんやり考えていると、那智先輩の上に巨大な岩が浮かんでいるのが目に入った。
え…?と思ったのも束の間、その岩が那智先輩目掛けて落下してきた。俺には当たらないと分かっていたのか、那智先輩は素早く俺から離れると、身を翻して落ちてくる無数の岩を凄い速さで避ける。
いきなりの事に身体の辛さも忘れてポカーンと口を開けて呆ける俺の耳に、けたたましい音でなる警報が届いた。もう、食堂は大混乱だ。