伝説のナル | ナノ


23

 日も沈み始め、暗くなる部屋の中。俺は、グスグスとベッドの中で静かに泣いていた。

 理由は一つ。今日の実技試験だ。何と言っても俺は今学年一…いや、学園一の落ちこぼれの称号を付けられた。属性分けでは静電気程度、魔力量の試験においても静電気程度。取り敢えず、顔から火が出そうな結果だった。大樹なんかは魔力量の試験で、地面をひっくり返していたと言うのに。もうとにかく色々と散々だった。大樹を見に来た他の学年の人達も、俺の結果を見て大爆笑してたし。本当に何処までもダメだな俺は。
 結果に落ち込み俯かせた顔を上げると、耀が居た。心底馬鹿にした顔で笑っている。そんなのいつもの事なのに、自信を無くした俺はまた落ち込む。そんな俺を見て大樹が慌てて駆け寄り、励ましの言葉をくれた。それに周りがまたコソコソ話し出して…あー、思い出したらキリがないくらい、立て続けに嫌なことが起こったんだ。
 俺と一緒にいると大樹まで変な目で見られてしまうと思って、試験後は大勢の生徒に囲まれる大樹をおいてさっさと部屋に戻った。部屋の隅に置かれたベッドの中でうずくまった俺は、情けなさに泣いて。泣き疲れて寝て…そして起きた今も引き続き落ち込み中だ。布団を被ってるせいで暗いかと思っていたが、布団の外を覗くとどうやらいつの間にか夜になっているらしい。晩御飯をどうしようと悩むが、食欲が湧かない。今日は抜きにしよう。
 そう思って再び布団を深く被ると、突如として鳴り始めた携帯に驚いて布団から飛び出る。恐る恐る手に取ると、剛さんからだった。一瞬躊躇ったが、通話ボタンを押して耳に当てる。

「もし、もし」
《宗介?どうした、酷い声だぞ》
「何でも…ないです」
《さては試験の結果に落ち込んでるだろ》
「そ、んな事ない、です」

 思わずギクリと肩が跳ねる。見られてるわけじゃないから動揺する必要なんてないのに、平気な振りを装おうとするから余計不自然になった。クスクスと電話越しに剛さんが笑う。

《那智が探してたぞ。電話に出ないって》
「え、あ…寝てて、気付かなかった、です」
《まあそんな事だとは思ってたけどな》

 なんで黒岩さんが俺を探しているのかは分からないが、何だか申し訳ないことをした。今度会ったら謝ろう。そう思っていると、落ち着いた優しい声で剛さんが言った。

《流石だった》
「え?」
《お前はあれが初の実技だったんだ。最初はあんなもんだ。お前の親父も昔は出来ずに泣いてたもんだ》
「父さんが…?」
《ああ。周りはお前が初めてだと知らないから、今日は嫌な思いもあっただろ。もう少し配慮してやれれば良かったんだが、身内だからと言って試験の内容を変えるわけにはいかなくてな》

 申し訳無さそうに謝る剛さんに、相手に見えもしないのに慌てて首を振る。そんな当然のこと、謝られる事ではない。と言うか剛さんが謝る必要がない。

《逃げずにやり切った宗介は偉いよ》
「…っ、でも俺…もっとちゃんとしたいのに…」
《それはこれから学んでいくんだ。ゆっくりでいい》

 そんな優しい言葉を掛けられたら、また目の奥が熱くなる。また泣いてる、そう言って苦笑する剛さんが目に浮かぶ。

《一人で寝れそうか?》
「だ、大丈夫です」

 その質問は…これではまるで子供扱いだ。流石の俺もこの歳で一人で寝れないなんて事はない。まあ、心細いのは確かだが。

《ハハッ、そうか。って、おい…!》
「どう、したんですか?」
《あー、何でもない。まあ後はソイツに任せるさ。宗介、またな》
「あ、は、はい。ありがとうございま――っ!」

 ガチャっ。剛さんとの通話が切れる前、突然部屋の扉が開いた。暗い部屋の中に光が差し込んできて驚いた俺は、一瞬誰が扉の所に立っているのか分からなかった。しかし、再び扉が閉められ、辺りが暗闇に包まれると、その人の全貌が明らかとなった。

「な、ぎさん…?」
「こんばんは。貴方がまた泣いていると聞いて、来てしまいました」

 口をあんぐり開けて固まる俺が余程おかしいのか、凪さんはクスクスと笑う。と言うか、何で凪さんがこの部屋に?どうやって入ったんだ?俺の疑問を悟ったのか、凪さんは俺のベッドに腰掛けながら答えてくれた。

「俺は番人の役目を任された時に、瞬間移動と言う補助魔導を身に付けました」
「テレ、ポート?あの、一瞬で色んな所に行けるって言う、あれですか?」
「はい。俺の場合、扉と扉を繋ぐのが多いですね。今も、学園長室から、宗介くんの扉を繋げて此処に来たんです」

 それが出来るのもこの学園内だけですけど、そう言って笑う凪さんに、拍手を送りたい。凄い、凄すぎる。本当に魔導って凄いと思う。しかもあのエレベーターも、凪さんの力が関与しているらしい。だから色んな所に繋がってるのか。

「それで?」
「え…?」
「こんなに目を腫らして、何をそんなに落ち込んでいるんです」

 凪さんが俺の目元を擦る。

「…情けないだけ、です。後申し訳なくて…」
「申し訳ない?」
「凪さんや、剛さん…それに友人にまで。俺を信用して応援してくれたのに…何一つ返せなかった」

 みんなの期待に添えなかったのが、何より悔しい。そして情けない。だからと言って泣くことではないのに、ここ数日の俺の涙腺は崩壊しっぱなしだ。グッと唇を噛むと、凪さんが親指を俺の唇に当て、傷になりますよと言って力を抜かせてくれた。そして、そのまま俺の頬へ手を滑らせ、剛さん同様、優しい声で語りかけてくる。

「宗介くん。俺は嬉しいですよ」
「なぜ、ですか?」
「貴方はちゃんと俺の言葉に応えてくれた。俺を信用してくれたんでしょ?」

 確かにあの時、俺は凪さんに言われたことを思い出してやった。凪さんなら信用できるし、実際結果はああでも魔導が使えたわけだし。

「それだけで俺は十分です」

 今度はポンと頭を撫でられる。何でこの人達はこんなに優しくしてくれるのか、どうしたら他人にこんな優しくなれるのだろう。いつか俺もこの人達に色々返せる日が来るだろうか。それは分からないが、今は取り敢えず。

「凪さん」
「はい」
「――俺を信じてくれて、ありがとうございます」

 誰か一人でも俺を信じてくれるなら、これ以上の事はない。今はこんな言葉しか返せないけど、いつかきっと、この人達に返してみせる。





「信じてくれてありがとう…か」

 少し持ち直した宗介の姿を見届け、部屋を出た俺は、暗い廊下を歩く。その間にも浮かぶのは先程の宗介の言葉。そしてあの日の記憶。

「そりゃあ当然だろ」

 ポツリポツリ、嬉しさのあまり独り言を漏らす。

「信じているさ…ずっと前から」

 そう、当然なんだ。だってオレは――。

「オレは、宗介のモノ…だからな」

 そう呟いた言葉は、深い深い闇に溶けるように、静かに消えた。
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bkm