伝説のナル | ナノ


20

 俺が此処に来て三日目が経った今日。前例のない出来事が起きようとしていた。それを聞いたのは、何故か俺の新しい制服を持ってきた凪さんからだった。黒いブレザーの制服に目を輝かせていると、凪さんが辺りを気にしながら俺の耳元まで顔を寄せた。

「今日はこれを着て九時に第一体育館に集まって下さいね」
「体育館、ですか?」
「はい。本来なら新学期を明日に迎えた今日、この様なことはしないのですが…」
「――ナルが現れたとなれば話は違うな」

 後ろから声がして、思わず振り返る。そこには既に制服を着込んだ日比谷さんが立っていた。この人いつの間に。それよりまだ七時なのに、どこ行くんだ?

「風紀委員長も大変だなぁ。こんな朝早くに駆り出されるなんて」
「ハッ。こんな朝早くに生徒と密会してるヤツに言われたくねぇよ」

 冷めた声でそれだけ言うと、俺に退けと目で訴えてきた日比谷さんに道をあけ、こちらを振り返ることなく去っていく後ろ姿を二人で見送る。やれやれと呆れたような凪さんは、気を取り直して俺を見た。

「今日、再度実技試験が執り行われ、明日のクラス分けを確定するそうです」
「え…?実技、試験?」

 この時期に聞き慣れない単語に、思わず聞き返してしまった。と言うかこの時期どころか、実技試験なるものをあまり体験してこなかった俺は、それが如何様なものなのか想像がつかない。

「因みに実技と言うのは魔導を使用します」

 これには数秒固まった。え、何。魔導を使用?

「そんな…俺、魔導なんて使ったことないし、やり方も分かりません」

 それを習いに来たのにいきなり実践なんて、唐突すぎる。そう思ったのだが、よく考えたら皆自分の力には元々気付いていて、分かった上で此処に来ている人の方が圧倒的多い。耀然り、大樹然り。だから俺がいくら訴えたところで学園の決定が覆ることはないと分かってはいても、やはり嘆きたくなるなこの状況は。
 がっくりと肩を落とす俺を見て、凪さんが困った様に笑う。そして、何か思案した後、徐に手を合わせた。合掌のポーズをとった凪さんはそのままゆっくり目を閉じる。

「どうしたんですか?」

 不思議に思って問い掛けた時だった。バチバチッと聞き慣れない音が耳につく。何の音なのか気になって辺りを見渡すが何もない。バチッ、目の前で再び音がした。と思ったら、眩い程の光が凪さんの合わせた手の隙間から漏れ出る。

「な、に…?」
「俺の属性は雷。自在に雷を操ることが出来ます」

 ゆっくり開かれた目蓋から覗く瞳は、淡く光っていた。そして、肩幅程度にあけた両の手の間には、青白く光る雷がバチバチと音を立てて流れていた。実際に人が魔導を使っているのを見たのは初めてだ。驚愕のあまり言葉が出ない。これが、魔導の力…。

「っと。これ以上は魔導警報機に引っかかるのでお見せ出来ませんね」

 魔導の発動を止めた凪さんが上を指差す。俺も天井の方へ目をやると、何やら装置が取り付けられていた。首を傾げると、火災報知器みたいな物ですと言われ、成る程。納得。

「俺も、いきなり貴方に魔力を使わせるのは気が引けますが…」

 すいませんと凪さんに謝られ、俺は焦った。凪さんが俺に謝る理由なんてないし、これは単なる俺の我儘な言い分だ。だから気にする必要なんてないのに。けれど、何故か凪さんは真剣な顔つきで俺を見た。

「いいですか宗介くん。今の感覚を忘れないで下さい」
「今の…?」
「ええ。落ち着いて、ゆっくりと。焦ったら俺の姿を思い出して下さい。大丈夫、自分を信じてやれば、応えてくれる筈です」

 落ち着いて、か。これは魔導を使う時のアドバイスなんだろうか。だったら俺は凪さんを信じよう。凪さんが言うんだ、間違いないと思う。俺はコクリと深く頷いた。

「…では、俺はこれで失礼します」
「あの、ありがとうございました」
「いえ。俺も陰ながら応援していますので、頑張って下さいね」

 そう言って頭を下げ、去って行く凪さんを見送り、俺は部屋に戻った。予定の時間まで後二時間を切った。正直不安しかないが、やるだけやってみよう。そう意気込んで、残りの時を一人過ごしていた。
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bkm