伝説のナル | ナノ


19

「にしても、まさか新入りに先越されるなんて…ちょっとショックー」

 そう言ってブーブーと文句を言う黒岩さんの顔には、先程の寂しそうな色は既に消え失せていた。何であんな寂しそうだったんだ?夢だというならもっと楽しそうに追い掛ければいいのに。しかし、それは俺の口出す事でもない。そう思って、気持ちを切り替えた。そして俺は気になっていた事を聞いてみた。

「あの、ラグーンって何ですか?」

 みんなが大樹の手に刻まれた印を見て、そう言ったのを思い出したんだ。そして、大樹もそれを見てガーディアンの印だと驚いていたし。

「ラグーンって言うのは、最初のナルが召喚したと言われている伝説上のドラゴンの名前だよ。破壊竜とも呼ばれたそれは、魔導士の絶対的な強さを見せつけるには十分過ぎるほどの存在だったらしいよ」

 だから、冥無学園はナルとその竜への忠誠と敬意を忘れないように、ドラゴンの紋章を使用しているんだぁ。そう言われて、俺に届いた手紙を思い出した。封蝋に捺されたあれこそラグーンだったんだ。

「そして、ナルは己の力の恩恵に与れる様にと、ガーディアン達の身体に印を刻んだ。それがラグーンの紋様と言われている。此処の授業では嫌と言うほど目にする紋様だから、みんなにすぐばれたんだろうねー」

 まあ、あれは場所も場所だった。手だったからな。もっと服の中とかだったら皆にもばれなかったのに。

「とは言え、すぐにばれることになってただろうねぇ」
「なぜ、ですか?」
「ガーディアンになる、それはナルの恩恵に与ると言う事。それはつまり自分の魔力プラスナルの底知れぬ魔力が加算されると言う事らしいんだ」
「何だかそれ、無敵ですね」
「うん。凄いよねー」

 黒岩さんは何故か嬉しそうに笑う。とすると、なんだ。大樹が元々どれ程の魔力の持ち主だったかは分からないが、今大樹はかなり強いってことか?凄いなアイツ。

「ナルは、為るものじゃない、選ばれるものなんだ」
「え……?」
「凪がね、昔からよく言ってた言葉」

 フフッと珍しく可愛く笑う黒岩さんは、何処か懐かしむ様にその言葉を口にした。俺は一瞬洒落かと思った。

「昔はよく分からなかったけど、今なら分かる気がする」
「それはどう言う…」
「那智さん!」

 ツイっと俺の頬を黒岩さんの冷たい手が滑る。しかし、急に叫ぶように呼ばれた名前に、俺が何故か反応してしまった。呼ばれた本人はハァと大きなため息を吐く。けどすぐに嫌な顔を引っ込め、笑顔でこの机にやってきた生徒を迎えた。コイツ、昨日の…。

「南井、どうしたのー?」
「どうしたもこうしたも、昨日から何処行ってたんですか!姫が探してましたよ!」

 南井は大きな目をまた吊り上げて怒る。姫、とは耀の事か。

「別に、俺が何処行こうとお前らに関係なくなーい?」
「っ、それはそうですけど…けど姫にくらい行先を伝えても…!」
「なんで?」
「何でって…」
「あー俺さぁ、もう遊んでらんないんだよねー」
「え…?」

 ガブッとサラダを頬張りながら、黒岩さんは心底気怠げに南井を見た。

「だからもう耀のとこには行かなーい。そう言っといてー」
「な!ど、どう言うことですか!?姫のことあんなに慕ってたじゃないですか!」
「慕う?俺が?冗談でしょ」

 馬鹿にした様に笑う黒岩さんに、南井がカァと顔を赤くする。

「アイツは、ただ『学園最強』の肩書きを持った俺を傍に置きたかっただけ」
「ひ、姫がそんなことするはずない!」
「違うの?なら『黒岩家次期当主』の方かな?」

 その言葉に思わず黒岩さんを見た。学園最強?黒岩家次期当主?この人が…?

「いくらアナタと言えど姫への侮辱は許さない!」
「へえ、別に良いけどー許して貰わなくても」

 そう言って立ち上がった黒岩さんは、面倒臭そうに南井を見て言った。

「ああけど、次期当主ってのは間違いないけど、学園最強ってのは周りが勝手に言ってるだけだから。そこだけは勘違いしないようにねー」

 中々の身長差だ。南井の前に黒岩さんが立つと、大人と子供位の差がある。南井もそれに少し気圧されたのか、一歩後ろへ下がる。その様子を察したのか、黒岩さんは鼻で一つ笑うと、再びストンと席へ座った。

「もう行けよ。そこに居られると邪魔」
「……」

 俯いた南井がどんな顔をしているのかは分からないが、失礼しますと小さく呟いて去って行く姿は酷く落ち込んでいるように見えた。シンッと少し間が空く。それに耐え切れず取り敢えず口を開いた。

「あ、あの…」
「ごめん宗介。俺もう行く」

 だが俺の言葉を遮った黒岩さんは、空の皿を持って立ち上がった。え、サラダしか食べないのかこの人。変なところに意識が行ったが、フと見えた彼の表情に言葉を失った。そうこうしている間に背を向け歩き出した黒岩さんは、少し歩いた所で立ち止まり、俺の方を振り返り手を振った。いつも通りの笑顔で。俺もそれに応えて手を振る。ぎこちなく。
 頭の中で過る、さっきの感情を失くした表情が忘れられなかった。
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bkm