伝説のナル | ナノ


17

 
 ――大地のガーディアンが現れた。
 その噂は一日と経たない内にみるみる広まっていった。





「そーすけ」
「…っ、え?」

 食堂の端でボーっと座りながら料理を待っていた俺の前に、黒岩さんが突然現れた。此処、本当に食堂の一番端なのに、こんな大勢の居る中でよく俺の居る場所が分かったな、この人。

「ボケェ〜として、どしたの?」
「あ、いえ、別に…」
「あ。もしかして、昼間連れてかれたオトモダチの事ー?」

 この人、分かってて聞いてる。性質が悪い。ムスッと顔を顰めた俺を見て、黒岩さんが悪びれた様子もなくゴメンゴメンと謝ってきた。

「まさか、本物のガーディアンだとはね。資料見ただけじゃそんな風には見えなかったのに」
「俺も…まさか大樹が…」

 そう、高地大樹。彼がガーディアンだったのだ。大樹と校門で感動の再会を果たした後、俺と大樹は彼の部屋に行き(何でか黒服のおじさんが案内してくれた)、荷物を置いた後少し話をしてから良い時間で昼を食べに再び食堂を訪れた。さすがお昼時なだけあって人が多い。けど今日は皆私服みたいで、昨日ほどの視線は感じなかった。俺は今朝教えてもらった買い方を大樹に伝え、席を取るために先に行くと言った。それに応える様に大樹が上げた右手。俺は、そこに刻まれた竜の印を見て首を傾げた。
 大樹のヤツ、あんな所に入れ墨なんかしてたっけ?いや、学校自体で禁止されていたからそれはないはず。なら、あんなもの一体この一日でどうやって入れたんだ?俺が大樹の印に目をやっていたせいか、大樹も俺に釣られる様に右手を見る。そして、目を見開いて、固まった。俺も大樹もこんな真ん中で突っ立って、凄く目立ってる。俺なんて昨日の事もあるからあんまり目立つことはしたくないのだが。俺が固まる大樹に駆け寄ろうと一歩踏み出したとき、ワナワナと揺れる大樹の口から、小さく呟かれた声が俺の耳に届いた。

「――ガーディアンの印…?」

 その呟きを聞いたのは俺だけではなかった。これだけごった返しているんだ。それを聞いた生徒が大樹の方へ目をやり、そして大樹の右手に注目する。そして驚きで声を上げる。それはあっという間に連鎖を繰り返し、食堂中の生徒が彼を注目するのに数分も掛からなかった。

「あの右手の…ラグーンの紋様だよな」
「まさかっ、本物!?」
「お、おい!誰か先生呼んで来い!」
「ッ、大樹」
「――何を騒いでいる」

 先生と言う言葉に反応した俺が大樹の名前を呼ぶと同時に、カツンと硬そうな革靴を鳴らしながらやって来たのは、昨日の黒髪の人。黒岩さんが言ってたな。白河晃聖。この学園の生徒会長だ。皆が白河様!と何故か声を上げる。ホント何故。あ、と言う事は、アイツもいるよな。そう思ったのだが、彼の後ろには誰も居なかった。ホッと一安心、じゃない!

「キミは?」
「お、俺は、今日此処に来た…」
「高地大樹、だったね」

 そう言ってスッと目を眇め、大樹の右手に視線をやった会長さんは、大樹の前までやってくると、大樹の右腕を掴んだ。グッと呻く大樹に、俺は焦りを覚えた。何だこの人、一体何するんだ。

「確かにこの竜の印。ラグーンの紋様と非常に類似している。ともなれば、一刻も早く学園側へお伝えしなければならない」
「ッ、離せ!」
「抵抗は許さない。キミはこのまま連行する。痛い目に遭いたくなければ大人しく来い」

 ギリッ、俺の目から見ても分かるくらい大樹の腕を力強く掴む会長さんは、そのまま大樹を引っ張り食堂の出口へ向かおうとする。野次馬の生徒たちはそんな二人をただ見ているだけ、ヒソヒソと話しながら道を開けてしまう。やめろと抵抗を続ける大樹が、俺を見た。
 宗介――そう呼ばれた気がした。その瞬間、俺の全身を何かが駆け抜けた。何か、分からないけど、足の先から頭の天辺まで、熱い何かが込み上げてくる。駄目だ、よく分からないけど、この感覚はマズイ気がする。だってほら、何だか目の前は真っ赤になっていくし、足元もグラグラする。足に力が入らなくて身体が揺れる。けど周りは大樹と会長さんに気を取られているから俺の様子に気付かない。 
 ……ああ、そうだ、大樹。何で連行される?何で、何で。駄目だ、絶対。また会えたんだ。折角会いに来てくれた俺の友達。連れてくなんて――許さない。





「っ――!」
「熱…ッ」

 バチィッ!と俺の手を掴んでいた男の手が弾かれ、その手からは鮮血が零れ落ちる。その様子に辺りは騒然とし、慌てて食堂をバタバタと出て行く者まで。マズイ、このままじゃ本当に連れて行かれる。と言うより、今のは何だ。右手の印が急に熱くなったと思ったら、赤い壁が俺の前に出来て、男の手を弾いた。何か分からないが有り難い。

「チッ…」

 小さく舌を打つ男から距離を取り、俺は相手を睨み付ける。

「嫌がる生徒を連れてこうとするからそういう目に遭うんじゃないッスか」
「無知め。今のは間違いなく……」

 そこで言葉を切った男は徐に周囲へ視線を送る。何かを探している?ともあれ、今がチャンスだ。つか逃げてもいいことないけど、こいつに捕まるのはなんか嫌だ。上からものを言う感じがすごく嫌だ。取り敢えず、宗介を巻き込む訳にはいかないから、宗介に視線だけでごめんと伝えようと、男の後方に居るだろう宗介に目を向けた。
 けど、宗介は俯いて目が合わない。ちょっ、宗介お願い前向いて!そう念じながらも、俺は違和感に気付く。そしてそれに気付いた瞬間、ゾワッと嫌な気配が背筋を駆け抜けた。何だ今の…つか、宗介、笑ってる?
 ニィッと言う効果音が似合いそうな笑い方。宗介はあんな不気味な笑い方しない。そして俯かせた顔を、宗介が上げた瞬間、長い前髪から覗く紅く光る瞳と目が合った。思わず宗介…?と呟いた俺の声を聴き、男が後ろを振り返ろうとする。反射的にヤバいと思った。この人に見せてはいけない。何故かそう思った。俺は男に向って突進しようと駆け出した。
 しかし、それと同時に宗介の上から黒い塊が降ってきた。そしてそれは宗介の前に落ちると、宗介に向って傾いた。瞬間、「グッ…!」と苦しそうな声が聞こえ、今度は宗介の身体が傾いた。けど、宗介の身体は床に打ち付けられることはなく、何故か黒い塊が受け止め、そして宗介を隠すように黒い布を上から被せた。いや、塊じゃない。人だ。しかもこの人…。黒い布に包まった宗介を俵を担ぐようにして持ち上げたその人は、俺に手紙を届けに来てくれた金髪のお兄さんだ。
 振り返った先に、その人が立っていたのが意外だったのだろう。男は訝しげな顔をした。周りの生徒もその存在にやっと気付いたのか、「凪さんだ!」とまた騒がしくなった。男しか居ないってのに、何で此処はこんな声援を上げるような奴ばっかなんだ。

「凪…?何でお前が此処に?と言うより、それは何だ」
「ちょっと気分の悪そうな子が見えたんで救助を、な」

 そう言って笑うその人の腰には、日本刀がぶら下がっている。何つー危ない人。と言うか、この人宗介に何をしたんだ。

「それより、生徒に信頼されてねぇな。晃聖。逃げられそうじゃん」
「彼は転校生だ。来たばかりで信頼関係など築けない」

 この先も築く気はねぇよ。そう心の中で呟く。金髪のお兄さんはその言葉に、ふんと鼻を鳴らして、そのまま黒髪の男の横をすり抜ける。そして俺の横まで来たとき、小さく呟いた。

「逃げてどうする。これ以上宗介に負担が掛かる前に、学園側に見せに行け」

 ついでにポンッと擦れ違い様に肩を叩かれ、俺は食堂を出て行く彼の背中をただ見送るしか出来なかった。
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bkm