伝説のナル | ナノ


16

「クラス?クラスは新学期始まったら張り出されるよー。今までの魔導実践の成績と学力の成績と後色々ね、全ての総合でクラスが決まるんだ」

 因みに俺はSクラス。凄いでしょー。褒めて褒めてと口にする黒岩さんに、凄いですと思っていることを口にしたら、少しバツの悪そうな顔でそんな真面目に返さないでよと小さな声で呟かれた。何だか悪いことをした気分だ。

「あー何でもない。とにかく、宗介は気にせずたんと食べなさい」

 そう言って静かに笑う黒岩さんは、凪さんそっくりだった。今の言い方もだが、笑い方も。やっぱり兄弟なんだなぁと改めて思う。基本ヘラヘラして緩いからあんまり感じないのだけど。

「今失礼な事考えたでしょー」
「考えてません…それより、何で誰も居ないんですか?」

 これも何かの魔導?そう聞いたら、そんな何でもかんでも魔導の力には頼らないよと笑われた。ただ今はまだ食堂を開ける時間じゃないだけだそうな。もう忙しなく食堂の人達が用意してるからてっきり入っていいと思っていたのに、慌てて立とうとする俺を、黒岩さんがゆるりと止める。

「大丈夫。特別に入れてもらってるから。まあ今日だけだけど」

 何でも俺の為に態々剛さんが頼んでくれたとか。お蔭で俺は静かに自販機の使い方を覚えられたし、本当に申し訳ない。

「まあ良いじゃん。それより食べよーよ」

 目の前に置かれた料理の数々。朝から多い気もするが、折角だ。沢山食べてもっと大きくなろうと一人意気込んだ俺は、白米を勢いよくかきこんだ。
 そんな俺を、黒岩さんが何処か懐かしむ様に見ていたとは知らずに――。





 十時に正門、だったはずだ。しかし俺はどこで道を間違ったのか、ものの見事に迷った。黒岩さんにお礼を言って、俺の部屋の前で別れた後、取りあえず時間まで部屋の片付けをした。そして片付けも終わらぬうちに約束の時間の三十分前。そろそろ出ようと部屋を出た時にフと思い出したのだ。昨日と同じ道を辿ればよかったのだが、黒髪の人に言われた通り、色んな所見て回りながら行ったら迷った。ああ、それがいけなかったのか。今何時だ?辺りを見渡しても時計はない。困った、どうしようと思いながら角を曲がると、昨日見た噴水があった。あれは確か三つの建物の真ん中にあった。つまりあの先が正門だ!
 そう分かるや否や俺は走り出した。校舎の方へ顔を向けると大きな時計が十の数字を指していた。な、何とか間に合った。ホッと一安心して、ゆっくりと正門へ歩く。此処からでもよく見える。あれは、俺が乗って来たのと同じ、黒い車だ。もしかして凪さん?取りあえず息も整わぬまま、また走り出した俺は、黒い車へと駆け寄る。そして、俺が車の近くまで来たところで、扉が開いた。中から誰か出てくるのか、足だけが見える。そして、その人物が完全に姿を現したのを見て、俺はその場で固まってしまった。
 なんで、どうして?

「――大樹……?」

 俺の呟きに振り返った男は、やはり俺のよく知る顔。俺の、友達。

「ッ宗介!」

 大樹も俺を見て目を見開き一瞬固まったが、すぐに俺の元へと走ってくる。大樹だ、本当に大樹だ。

「だ、大樹。俺…」
「宗介っ」

 嬉しさのあまり、感極まって声が出せずにいた俺にそのまま飛びついて来た大樹は、力強く俺を抱きしめてきた。ああ、本物だ。この声も、姿も、匂いも、間違いない。まさか、こんなに早く友達と再会出来るとは思ってもみなかった。でも、どうして此処へ?

「良かった、宗介…元気そうで」
「当然だろ。まだ此処にきて一日しか経ってないんだ」
「俺にとっては長い一日だったよ…」

 どういう意味だろう。首を傾げる俺をそっと離した大樹は、徐に懐からある物を取り出した。これは、まさか。

「黙っててごめんな。実は、俺にも一年前、冥無学園から声が掛かってたんだ」

 俺宛に来たのと同じ封筒を見せながら困ったように笑う大樹は、ポツリポツリと話し出す。

「でも、俺には覚悟がなかった。此処に来て魔導士になることも、家族から離れるのも、何もかも怖かった」

 大樹は昔から特別な能力があるのには気付いていたらしく、両親もそれを知っていた。いずれは冥無から声が掛かるのも覚悟はしていたらしい。しかし大樹がそれを拒んだ為に、此処の受験は断ったそうだ。

「けど、昨日朝…突然黒服の人達が来てさ。何事かと思ったら、宗介からの手紙だって渡されて、中身見たら冥無に行く、今までありがとう、楽しかったとか書かれててさ。朝一の脳には理解するのキツイ内容だったよ」
「悪い…」
「俺はさ、宗介。また明日とか言って手ぇ振って別れたお前と、もう会えないのかもって考えた時、頭真っ白になった。もう一緒に帰ったり遊んだり、話せなくなるかもって思った時には嫌だったし、それに…」

 そこで言葉を切った大樹は、悲しそうに俺を見ていた。

「お前がまた一人で寂しい思いをしていたらと思ったら、悲しくなった」
「大樹…」
「そんなの俺が気にすることじゃないかもしれない。お節介だよな。でも、初めて宗介を見た時のあの寂しそうな目が忘れられなくて…もしかして、またそんな目をしているかと思ったら居てもたってもいられなくて…」

 そう言って俺の肩を掴んだ大樹は、俯きながら言った。

「黒服の中に金髪のお兄さんが居て、その人が一番偉い人みたいだったから、その人に聞いたんだ。これの有効期限てあるんですか!って」

 金髪のお兄さん…凪さんだ。

「そしたらその人、『覚悟があるなら来ればいい』ってそう言ったんだ」

 きっと色々大変だったと思う。両親にも説明しないといけないし、学校にだって。それでも大樹は、此処に来た。来てくれた。

「だから俺、宗介が逃げずに冥無に行ったなら、俺も逃げずに立ち向かわないといけないって思ったんだ」
「…それは誤解だ。俺は何度も逃げたくなったし我儘も沢山言った。泣き喚いたし、迷惑もかけまくった最低なやつだ。大樹が思うようなかっこいい去り方はしていない」
「宗介が?そんな宗介も見てみたいな」

 ハハッと小さく笑った大樹は、笑みを浮かべたまま今度は俺の手をとった。

「大樹…?」
「後、一つ悲しい事あった」
「何?」
「手紙に、また会おうって言葉がなかった」

 あ…と思わず呟いた。急いで書いたし、初めての手紙だったからなに書いていいか分からなくて。また、なんて本当にあるかも分からない言葉を俺が使っていいのか分からなくて、結局感謝の言葉しか書けなかった。

「だから、俺から会いに来た」
「……!」
「待っててって、手紙返したでしょ?」

 手紙と言うかルーズリーフだったけど。そうか、あれはそう言う意味だったのか。ああ、なんだ、そうか。あー、ヤバい。どうしよう、凄く嬉しい。

「あれ、宗介?何だか泣きそうに…」
「うるさい」

 プイッと大樹に背を向ける。剛さんや凪さんは大人だったから何か泣いてる姿見せても此処までの恥ずかしさはなかったのに、同年代の友達に見られるのは何だか恥ずかしい。そう思って後ろを向いたのだが、不意に首に回ってきた腕に驚いた。ギュウっと大樹が俺を後ろから抱きしめる。

「大樹、どうし…」
「宗介。俺、此処に居るから」
「…?」
「こんな所まで来て、ウザいとか思うかもしれないけど」

 突然どうしたんだ。それよりも、俺がそんな風にお前を思う日は一生来ない。その思いを込めて、俺の前で組まれている手を握る。

「俺は宗介を守りたい」
「大、樹」
「お前の寂しさや悲しさ、俺が何処まで消せるか分からないけど、一人にしたくないって思ったんだ」

 だから――、大樹がそう呟いた瞬間、俺が握った大樹の右手の甲が熱くなった。

「俺が傍に居ることを、許して」

 その言葉に振り返ると、笑っている大樹と目が合う。今気付いた、茶色っぽいとは思っていたけど、微かに紅い色が滲み出ている。本当に魔導士なんだ。しかし、それよりも俺は、気になることがあったので、取りあえず大樹のおでこにでこピンをした。イタッと怯む大樹に今度は俺が笑う。

「友達だろ。傍に居るのに許して、なんて言葉使うな」

 俺の言葉にポカンと口を開けた大樹だったが、すぐに理解したのか、嬉しそうに宗介!と声を上げ、再び俺に飛びついて来た。それを受け止め、俺も一緒に笑う。ああ、駄目だ。俺幸せすぎだろ。立て続けに起こる幸運にそう思わずにはいられない。
 だから、浮かれきった俺は大樹の右手の甲に浮かび上がった竜の印にも気付かなかった。
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bkm