伝説のナル | ナノ


15

 夢を見ていた。凄く幸せで、内容は思い出せないけどとてもいい夢。俺は笑っていた。近くには男の人と女の人が立っていて、顔は見えないけど、優しく笑っている。小さな俺は嬉々として二人に駆け寄り、小さな身体を目一杯広げ、叫んだ。

――お父さん、お母さん!

 もう少しで二人に手が届きそう、だがその瞬間俺の頭は一気に覚醒し、目を開けた先には両親の姿は無かった。それを何処か残念に思いつつ、ゆっくり体を起こすと、目の前には広がるまだ片付けきっていない荷物たちが。ああ、そうか。此処は冥無学園だった。いつの間にか寝てしまったのか、俺は。
 昨日が、此処で過ごす初めての夜。凪さんや黒岩さんが帰った後、俺は再び食堂に行って食器を返してきた。食堂にはキッチンの中の人しかおらず、ホールは電気が消されて真っ暗になっていた。また耀に会ったらと少しビクビクしていたが、心配いらなかったようだ。しかし、食堂の人達は俺が食器を返しに来たと分かった瞬間、物凄い勢いで頭を下げ、次からは部屋の前に置いといて下さい!と言ってきたのには驚いた。今度からちゃんと食堂で食べよう。何もされてないのに、あんなに謝られるのもおかしいし。
 そんなこんなで不安だらけだったんだ。同室の人は帰ってこないし、俺はただ風呂に入ってベッドに入るだけ。こんなので寝れるのか?と考えを巡らせている間にどうやら寝てしまったようだ。意外と図太いな。そんな自分に少し笑いながら、私服に着替えて部屋を出る。向かいに見える部屋が同室者の部屋だ。ちゃんと帰って来たのかな、そう思って玄関を見ると、靴がもう一足揃っていた。良かった、帰ってきてくれた。俺が居るせいで部屋に帰ってこれないとかだったら申し訳ないしな。
 ホッと一安心していると、コンコンと目の前の扉が控えめに叩かれた。どうしてチャイムではなくてノック?それを不思議に思っていると、外から「そーすけー」と緩い声が。それに急いで扉を開けると、朝の光を浴びてキラキラと光る銀の髪と金の髪が目についた。凄い綺麗だ。

「おはようございます、宗介くん」
「おはようございます。まだ六時ですよ?こんな朝早くどうかしたんですか?」
「宗介が食堂の自販機の使い方まだ分かってないから、みんな起きる前に教えとこうと思って」

 そう言えばそうだ。耀に会って色々あったから結局分からず仕舞いだったんだ。

「俺は宗介くんにこれを届けに来ました」
「これは…?」
「気にする必要がないと言っても、宗介くんは気にしそうですからね」

 他に要るものは来週揃えましょう。そう言って凪さんが俺に渡してくれた袋の中には、メンズ服とデニムがみっちり。驚いて凪さんを見ると、少し申し訳なさそうに笑っていた。

「俺が昔買って殆ど着なかった物です。お下がりで本当に申し訳ないですが、宗介くんなら着れると思って」

 ほぼ着ていないかのように新品なそれは、おばさんが買ってくる安いTシャツとは比べ物にならないくらい高そうで、そしてカッコいいデザインの物ばかり。

「本当に、いいんですか…?」
「もう着ませんので、宗介くんが良ければ」
「凪は昔から制服ばっか着てたよねー。なのに私服も沢山買ってきてさー、ホントお間抜けさガフッ!」

 黒岩さんは最後まで言わせてもらえず、何故か脇腹を押さえながら床に崩れた。笑顔の凪さんは気にしないで下さいとただ笑うだけ。今まで服装とかそんなに気にしたことが無かったけど、やっぱりこう言う所の感覚は違うのかな?何はともあれ、凪さんのお蔭で助かった。凪さんチョイスなら他の人からも言われない気がするし。

「あれ、でもよく分かりましたね。俺が扉の前に居るって」

 と言うか、この人たちいつから此処に居たんだろう。

「学園長からこれを拝借していたんです」

 そう言って凪さんが、小さな手鏡を取り出す。そこには何と、先程部屋を出る時通ってきた共同スペースのリビングが映っていた。間違いない、さっき机の上にあの雑誌置いてあったし、俺達の部屋だ。

「これで宗介くんが起きてくる様子を見ていたんです。それに合わせて俺達も此処に」
「そしたら玄関に向かって歩いてきたから丁度良かったー」

 チャイム鳴らしたら尚親うるせーし。そう言ってケラケラ笑う黒岩さん。でもだからってそんな早く此処に着けるのか?そう思ったけど、此処は魔導学校…きっとそれも何かの魔導なんだろう。一人で納得し頷いていると、相変わらずケラケラと笑う黒岩さんを見て、凪さんが呆れたようにため息をつく。

「本当は俺が付いて行きたかったんですが、これから出掛けねばならくて…代わりにこの愚弟で勘弁してくださいね」
「もーだから大丈夫だってー。暇つぶしに遊んでただけー」
「次悪ふざけが過ぎたら…」
「分かったってばー」

 何の話かは分からないが、昨日二人で去って行った後何か話したんだろう。口を尖らせ不満げな表情の黒岩さんが、突然俺の手を掴んで歩き出した。

「ちょっ…」
「ばいばいお兄ちゃん」

 そう言って手を振る黒岩さんに、凪さんはただ笑みを浮かべているだけだったが、そう言えば、と俺に向って言った。

「十時に正門に行って下さい」
「え?」
「絶対、ですよ」

 それだけ言って俺に手を振る凪さんに、俺も釣られて手を振り返す。十時に正門?なんでだ?疑問に思うが、凪さんが絶対と言うのだから、後で行かないと。後四時間…一体何があるんだろう。
[ prev | index | next ]

bkm