伝説のナル | ナノ


14

「はい、あ〜ん」
「……」
「口あーけて」

 ね、ね。と俺の横からカレーの乗ったスプーンを差し出してくるこの人は、一体何がしたいのか。あまりにしつこいので溜息を盛大に一つ吐いてから、スプーンを口に入れる。ワア!と嬉しそうに顔を綻ぼさせる姿を見ると余計に分からなくなる。
 彼は黒岩那智さんと言うらしく、ご存じの通り凪さんの弟だ。凪さんよりも背が高くて、性格が緩い。と言うかある意味マイペースと言える。と言うのも、俺の足が打撲と分かると、その部分を揉みだしたのだ。痛い痛い!と訴える俺に構わず、「血は散らした方が早く治るよー」と言ってマッサージを続けた時には蹴り飛ばしたくなった。

「はい、もう一口〜」
「あの…自分のペースで食べたいんで…」
「えぇー」

 不満げに声をあげ、しょんぼりと肩を落とす姿を見ると、俺が悪い気がしてくる。しかしカレーが冷めても困るからスプーンを彼の手から取り、自分で食べ始めた。黒岩さんがジトッとした目で俺を見る。

「宗介が冷たい…」

 シクシクと泣き真似までし始めた。そりゃあ、あんな出会い方して温かく接していけるほど俺のコミュニケーション能力は長けていない。どうしたものか。

「あ、そう言えば」

 切り替えの早い人だ。机に突っ伏した頭を上げ、何か思い出したかのように声を上げる黒岩さんは勢いよく此方を向くと、俺のTシャツの襟元をグイッと強く引っ張る。危うく口にいれようとしたカレーが落ちるところだった。

「んー?無いなぁ」

 何を探しているのか、俺の服の中を見て不思議そうに首を傾げている。

「何探してるんですか」
「だってさ、凪のお気に入りだって言ってたから」

 いや、だからそれは誤解だ。凪さんに悪すぎる。でもお気に入りだから何だと言うんだ?

「もしかしたら痕の一つや二つ付いてるかと思ったんだけどなー」
「はあ?そうですか」
「…宗介、意味分かってないでしょー」

 凪は昔からサバサバしてるからなぁ。そう言ってニコニコ笑う黒岩さんに俺はただ首を傾げるしかない。しかしそんな時、何処からともなく着信音が響いた。黒岩さんがげっと言わんばかりの顔をする。

「うっわ、もうバレた」

 嫌そうに呟いた黒岩さんは、何コールか間をおいて、本当に仕方がないと言わんばかりの顔をして電話に出た。

「あ、あーもしもしがッ…痛い!ちょっと、もう俺の話聞いてよ!」

 うるせぇ!と電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。あれ、ちょっと待てよ、この声…。電話の相手が分かった俺の顔を見て、黒岩さんが携帯を操作して机の上に置いた。何だ、一体。

《無事か!?宗介!》
「やっぱり剛さんだ…」

 さっき凪さんの時にも怒鳴ってたから、何となくそんな気がしたんだ。でも、どうしてこの人が剛さんと…。

《那智お前っ、いきなり結界で見えなくしやがって…宗介に何した、言え!》
「別にィ。だって気が散るんだもーん。宗介と二人で話したかったのにー」
《光城の息子を追っかけてるヤツは信用出来ん!とっととその部屋から出ろ!》

何だろうこの不穏な空気。俺は折角だから携帯有難うございますとお礼を言いたかったのに、そんな雰囲気じゃない。

《――相変わらずお前の『アナライズ』は凄いな。学園長の『サーチ』を感知するほどだからな》
「あ、凪」
《けど俺も知りてぇな、那智。今の一瞬、宗介くんに何したんだ?》
「だ、だから何もしてないってばー」

 凪さんも俺達の様子を見ていたのか、何だかワントーン低めの声で黒岩さんに問い掛ける。いいな、今度俺も剛さんのサーチで学園を見てみたいな。

「宗介ェ〜二人にちゃんと説明して〜」

 俺信用なーい、そう言って泣きながら俺の首元に抱き付いてくる黒岩さんを退かしつつ、俺は確かに今何もなかった事を伝えようと携帯に向って話しかけた。

「剛さん、凪さん。携帯有難うございました。それと今、本当に何もなかったです。ただ服の中を探られただけで、何もなかったです」
「宗介ぇぇ!それ駄目ぇぇぇ!」

 お礼のついでに弁明。俺は少しやり遂げた感があったのだが、何故か電話はブチっと切れ、黒岩さんは机に強く頭を打ち付けそう叫んだ。一体何が駄目だったんだろう。よく分からないが、早いとこカレーを食べよう。
 そう思って一分後、顔を青くさせウロウロしていた黒岩さんだったが、何故か凪さんが再びこの部屋にやってきて、黒岩さんの頭を鷲掴みしながら「愚弟がすいませんね」と今日一番の笑顔で部屋を去って行った。一体何だったんだろうあの人。本当に届けにきただけか?まあもう関係ないかなと思って見た携帯に、いつの間にか知らない番号が登録さていたのには驚いた。
 ――まだ、繋がりは消えそうにない。
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bkm