伝説のナル | ナノ


29

 身体の奥底から力が湧き上がって来るこの感覚。
 最近すごく調子が良い、そう自分では思っていた。今だって、失敗することなくちゃんと魔導を発動出来た手ごたえがあった。
 だけど、今のは――。

「なんで、闇属性の魔導が……」

 目の前で闇に包まれ消滅した火の玉を、俺は呆然と見つめた。それは俺の後ろに居る小さな日比谷さんも一緒で、突然消えた火の玉に驚いている様だった。

「今の魔導、お前の魔導なのか……?」

 周りには当然那智先輩が居ない。闇魔導を使える人は居なかった筈なのに。
 でも、俺であるはずがない。

「違います、俺は、雷の属性で……」
「――!」

 否定しようと小さな日比谷さんを振り返ると、何故か俺の顔を見て目を瞠った。何故そんな驚いた顔をするんだ。

「お前、その瞳の色……」
「え?」

 信じられない物を見る様な目で、日比谷さんの小さな手が俺へと伸びる。しかし、キンッと響いた金属音に、俺達はハッとしてそちらに顔を向ける。そこには小刀を手に、謎の人物へ切りかかる凪さんが居た。そうだ、魔導をどうにか出来たからと言ってまだ終わってなんかいない。
 凪さんを押し返し、間合いをとった謎の人物は、再び此方へ襲い掛かって来る訳でもなく、ただフと俺の方へ顔を向けた。そして何かを考える様にジッとその場に立ち、此方を見ていた。それが何を意味するのか、それを確かめるよりも先に、その謎の人物は徐に見た事もない球体を取り出した。だがそれを見た凪さんは、小さく舌を打ち、持っていた小刀を謎の人物目掛けて投げた。しかしその小刀がその人に当たる事はなく、その姿は一瞬にしてその場から消えてしまった。そう、まるで凪さんがよく使うテレポートのように。
 一体あの人は何者だったのだろう。その目的は?消えてしまった今となっては理由は分からずじまいだった。

「逃げたか」

 取り逃がした苛立ちからか、再び舌を打った凪さんは、弾かれた日本刀を手にすると徐に此方へ歩み寄って来た。そう言えば凪さんは此処ではなく違う場所から走って来たな。きっと日比谷さんが心配で、俺が走って行った後辺りを捜してくれたんだろう。
 お礼を言わないと。そう思い頭を下げようとした時だった。急に視界がグラリと揺れる。立っている感覚もなくなって、思わずその場で膝をつく。隣に立っていた小さな日比谷さんが、「おいっ」と少し慌てた様な声を上げる。

「大丈夫です、少し、眩暈が……っう」

 心配しなくても平気だと言いたいのに、今度は心臓が波打つように鼓動を刻み始めた。痛い、胸が苦しい。何かに押さえ付けられたように身体が軋み、息が上がって上手く話せない。

「はっ、あ……」

 その苦しさが、痛みが徐々に熱さに変わる。熱い、身体が灼ける様に熱い。どうにかして欲しい、この熱を取り除いて欲しい。そう思わずには居られない位の感覚。身体を起こすのも辛く、地面に倒れ込んだ。しかし、生理的な涙でぼやける視界に、慌てて駆け寄って来たのだろう、凪さんの顔が映り込む。
 そして力の入らない俺の身体を抱き起した。

「ぁ、な、ぎさ……ッ」
「少し、我慢して、下さい」

 何処となく申し訳なさそうな表情の凪さんは、たどたどしい敬語を口にして、ゆっくりと俺に顔を近づけた。しかし、俺の記憶はそこで途切れた。これが、魔力の急な高まりよる作用だったと知るのは翌日の事。
 目が覚めた時、俺は知らない部屋に一人寝かされていた。





 此処は一体どこだ?
 全く見覚えのない部屋に、俺は起きて早々戸惑う。俺、何してたんだっけ。そうだ、よく分からないところに飛ばされて、それで小さい先輩達、凪さんに会って、それで日比谷さんを狙う謎の人物が襲ってきて、それから――。

「そうだ、日比谷さんっ」

 それから、倒れたんだ。急に立ってられなくなるくらい熱くて。どうしてあんな事が起きたんだろう。たぶんその後意識が飛んで、それからの事が全く分からない。俺が此処に居る訳も、あの後二人は何処へ行ったのかも。
 徐にベッドから立ち上がった俺は、こじんまりとして、物が殆ど置かれていない部屋を見渡した。生活感がなく、本当にベッドだけのこの部屋は、一体誰の部屋なんだろう。そう思った時だった。

「失礼します、お客様――」
「っ、は、はい」

 外から控えめにノックされ、思わず裏返った声で返事してしまった。俺の返答を聞いて扉を開け入って来たのは、初老ぐらいの女性で、着物を身に纏い、恭しく俺に頭を下げる。しかしその顔にも見覚えがなく、俺は釣られて頭を下げながら困惑した表情を浮かべた。それを見た女性が、クスリと口元に笑みを浮かべ、そして俺を部屋の外へと案内してくれた。

「お加減はいかがです?」
「あ、もう大丈夫ですっ」
「それは良かったです。朝食が出来ておりますので、此方へどうぞ」
「ちょ、朝食?!」

 その言葉に思わず驚き声を上げる。まさか意識を飛ばしたとは言え、朝を迎えているとは思いもしなかった。しかも日を跨いでも、俺はあの試験をしていた場所には帰れていない。結局此処がどう言う世界なのかもまだ分かっていないのに、一日寝ちゃうなんて、俺はどうしてこうなんだろう。

(日比谷さんは、大丈夫なのかな……)

 人知れず肩を落としていると、目の前を歩く女性が扉を開けながら、何処か嬉しそうな声色で話しかけて来た。

「この離れに人が来ることなんて滅多にありませんから、嬉しくて。それに、凪様自身がお連れになるなんて初めてのことで」
「え?」
「今日も朝までお客様が目を覚ますのを待っていらっしゃったんですが、どうしてもこれ以上は学園を離れられないと言って帰ってしまわれましたが、とても心配そうにしておられましたよ」

 後で連絡をしないと。
 そう言って女性は俺を席へと促す。
 今の話からすると……つまり此処は凪さんの家?
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bkm