伝説のナル | ナノ


28


 公園を出た俺は、再び聞こえて来た爆発音の方角へ走った。
 確かあの方角は、小さな日比谷さんが走り去った方角だ。もしかしたら、と言う可能性もある。いくら日比谷さんと言えど、今の姿は子供だし、何かあったら……そう思い、急いで煙があがる場所へと目指す。
 そして、角を曲がろうとした時だった。

「うわっ」
「っ、お前!」

 曲がり角から急に誰かが飛び込んで来た。勢いを止めることの出来なかった俺は、ドンッと胸にぶつかって来た誰かをそのまま受け止めた。しかも、飛び出してきた誰かは小さな日比谷さんだった。額には少し汗が滲んでいて、息も上がっている。急いで走って来たのが見て取れる。

「お前、公園に居たんじゃ……」
「今の爆発音を聞いて来ました。大丈夫でしたか?」

 何か事件にでも巻き込まれたのではないかと言う俺の心配を余所に、小さな日比谷さんがハッとした顔をし、焦ったように辺りを見渡した。何かを警戒するかのような、そんな動きだ。

「おい!向こうは危ないんだ!早くお前も逃げろ!」
「え?」
「凪のとこ戻れ!はやく!」

 その慌てた様子、どうやら俺の予感が当たったらしい。

「一体何があったんですか……?」
「説明してる場合か!いいから走れ!」

 そう言って俺の手を掴んだ小さな日比谷さんに連れられ、俺達は走り出した。正直、今の日比谷さんは背も俺より低いから、手を掴まれて走られると走り辛い。それに、子供とは思えない程の足の速さだ。さすがSクラスの魔導士だ。
 俺は懸命に足を動かしながら、走るその小さな背に声を掛けた。

「誰かに追われてるんですか!?」
「お前以上の不審者が居たんだよ!全身黒い衣でフード被ってるから顔は分からねぇ!突然襲ってきやがった!」

 俺以上の不審者って。
 やはりこの日比谷さんの中では、未だに俺は不審者の扱いらしい。

「あの不審者は俺を狙ってる!あそこを突き当りまで行ったら、お前は右に行け!さっきの公園に着く筈だからな!」

 それでも、怪しいと疑っている俺を助けようとしてくれるんだな。公園に向かうよう指示するのも、きっとそこに凪さんが居ると思っての事だろう。でも、俺一人で行く訳にはいかない。

「なら、一緒に行きましょう!凪さんの傍に居ればきっと安全です!」
「っ!俺は、いい!」

 どうしてその不審者とやらが、日比谷さんを狙っているのか分からない。けどきっと、凪さんなら日比谷さんを助けてくれる。しかし、一緒に行こうと言う言葉に断固として首を縦に振らない日比谷さん。どうしてそこまで嫌がるのだろう。さっきも凪さんを見た瞬間走り出してしまったし。

「お前ひとりで行け!」

 とうとう突き当りまでついた。そこで俺に向かってそう投げ掛けた日比谷さんは俺を掴んでいた手を放した。しかし今度は逆に、俺がその手を掴む。

「なっ、てめ!」
「狙われると分かっていて放っておけません!行きましょう!」

 俺が引っ張ると、最初は抵抗していた小さな日比谷さんも仕方ないと諦めたのか、小さく舌打ちをしたのち、黙ってついて来てくれた。いくら日比谷さんと言えども、まだこの日比谷さんは小さく、幼い。俺だけ逃げるなんて真似、出来ないよ。
 しかし、俺達が公園に辿り着くと、そこには先程居た筈の凪さんが居なくなっている。公園の中に入り、辺りを見渡しても、やはりそこには先程の姿が見つからなかった。凪さん、移動しちゃったんだ。近くで煙が上がったんだから、当然と言えば当然か。もしかしたら、そっちへ行ったのか?なら俺達もそっちへ向かった方がいいのか?
 頭の中で何が最善かを考えていると、後ろで小さな日比谷さんが「あ……」と小さく声を漏らしたのが聞こえた。振り向くと、ある一点を見て固まっている。その視線を辿る。すると、公園の入り口に、誰か立っていた。

「お前っ」

 誰かと言うのは愚問だった。黒い衣で全身を覆ったそいつは、正しくこの日比谷さんが言っていた不審者で間違いないだろう。顔どころか、性別さえも判断できない。何者なんだろう、どうして日比谷さんを狙うんだろう。
 しかし黒衣に身を包む謎の人物は、俺達が対峙した瞬間片手を上げ、大きな火の玉を創り出した。どうやら、考える間も与えてくれないらしい。容赦ない程の圧倒的な魔導だ。この距離で、もう肌全体に熱さを感じる。これに当たれば一たまりもないだろう。さすがに小さな日比谷さんも狼狽えていた。
 どうすれば、そう考えた瞬間、黒衣の人物に向かって刀が飛んで来た。しかし、黒衣の人物はそれを読んでいたのか、ギリギリ躱すと、そのまま大きな火の玉を此方に向かって投げて来た。

「っ、逃げろ!」

 何処からともなく俺達に危険を知らせる声が届く。その方向へ顔を向けると、此方へ走って来る凪さんが居た。しかし、それよりも先に俺達の居る方向へ飛んでくるのは巨大な火の玉。逃げようにも、この距離では到底間に合わない。

「なっ!」

 俺は、反射的に小さな日比谷さんの前に立ちはだかった。後ろで日比谷さんが驚いた声を上げたのが分かる。それは凪さんも同じだった。でも俺は、護らないと。この人を。この世界が現実とどう関係しているのであれ、俺は、日比谷さんの手助けをすると決めたんだ。
 だから――。


「どうか、力を」


 俺に、この人を護れる力を。
 そう願い、飛んでくる火の玉に向かって手を伸ばした。その瞬間、火の玉を闇が覆いつくした。
[ prev | index | next ]

bkm