伝説のナル | ナノ


27

 一体何処へ行ったんだろう。
 宵さんに頼まれた俺は、当てがある訳でもなく、ただ日比谷さんが去って行った方へ歩みを進めていた。俺だから頼む――そう言った宵さんの言い分は分からないが、俺を庇ってくれた人の頼みを無碍には出来ない。それに、同じ存在かは分からないが、もしかしたら日比谷さんに繋がる何かが、あの小さな日比谷さんにあるかも知れない。だとしたら放って置けない。
 そう思い引き受けた訳だが、如何せん土地勘のない俺が歩き回っても成果が出ないのではないかと思い始めてしまう。かれこそ探し始めて三十分は経っているだろう。どうしよう、本当に俺に見つけられるのか?
 困り果て、思わず重い溜息を吐いた時だった。小さな公園の前を通りがかった俺は、その公園にあるブランコに座る小さな日比谷さんの姿を見つけ、走り出した。走って来る音が聞こえたのか、日比谷さんは暗い表情から一変、ブランコから立ち上がり、俺を睨み付けて来た。

「テメェ、何しに来た……」
「あ、あのっ」
「失せろ。燃やすぞ」

 その言葉に嘘はないのだろう。俺を見る目が敵を見るかのような目だ。その剣呑さに怯むが、それでも話さない事には何も変わらない。そう思い、俺は弱気になる心を奮い立たせた。

「宵さんに頼まれて迎えに来ました。宵さんの所へ帰りましょう」
「っ、気安く宵を呼ぶんじゃねぇよ!」

 グイッと低い位置から胸倉を掴まれ、前屈みになる。こんな小さくても、日比谷さんは日比谷さんなんだなと思わず笑ってしまう。そんな俺を見て、日比谷さんが更に目を厳しくさせた。

「少しデカいからっていい気になるなよ!」
「す、すいません。いい気になった訳じゃ……」
「大人になれば、俺だってお前位デカくなる!そしたら宵だってお前なんかにっ!」

 そう言って悔し気に顔を顰める小さな日比谷さんに、俺はその言葉の意味を考える。と言うより、今までの言動や行動全てを繋げてみた。

「もしかして日比谷さんは、宵さんが好きなんですか……?」
「ッ、は?」

 俺の言葉に、小さな日比谷さんが目に見えて狼狽えた。何だか珍しい姿を見た。

「俺は、宵さんとは出会ったばかりですし、宵さんも俺をそう言う目では見ていないと思いますよ?」
「ち、ちがっ」

 それどころか顔を赤くし、掴んでいた俺の胸倉から手を放した。口元に手を当て、赤くなった顔を必死に隠そうとする日比谷さんに、俺まで何故か顔が赤くなる。こう言うのを純情と言うんだろうか。まさかこんな反応をするとは思ってもみなかった。何だか悪いことをした。

「あ、あの。日比谷さん……」
「――おい、尚親」

 顔を赤くしたまま黙り込んでしまった小さな日比谷さんに、慌てて謝ろうとした時だった。公園の入り口の方から、誰かが日比谷さんの名前を呼んだ。凛とした、落ち着きのある声。どこか聞き覚えがあるが、幾分か声色は高い。俺は、その声の方へ顔を向けた。
 今より短く揃えられた金の髪。そして何処か陰のある翡翠の瞳を持つ少年が、此方へ歩み寄って来た。間違いない、この人は――。

「凪ッ!」
「最近不審者が多いから気を付けろって、お前らに言った筈だけどな。何うろついてんだ」

 そう言いながら傍に立つ俺を見て、凪さんが目を眇めた。きっと凪さんも怪しいと思っているんだろうな。内心泣きそうになりながら、凪さんが近付くのを待った。どう言い訳をしよう。

「おい。その人は……っ!?」
「うるせぇ!テメェには関係ねぇんだよ!」

 近くまで来た凪さんが、ピタリと足を止めた。そして俺の顔を見て固まった。そんな凪さんを不思議に思っていると、赤い顔を引っ込めた小さな日比谷さんが、声を荒げて凪さんの横を走り抜けた。公園の入り口をそのままの勢いで出て行く小さな日比谷さんを、俺は慌てて追おうとする。しかし、その前に俺は左腕を掴まれた。凪さんによって。
 その瞬間、掴まれた部分がじんわりと熱を持っていく。なんだ、この感じ。

「えっ、あの」
「あ……」

 掴んだ張本人である凪さんは、珍しく俺を見て動揺している様に見えた。俺は何か動揺させるようなことをしてしまっただろうか。強く握りしめる手を解くことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くす俺は、翡翠の瞳が微かに揺れるのを目にした。
 何故、そんな悲しそうな顔をするのか分からなかった。何故、あの綺麗な翡翠の瞳に仄かな陰が見えるのか分からなかった。俺は、無意識の内に俺より小さい凪さんの頬に手を当てた。ピクリと、俺の行動に凪さんが身体を揺らすが、それを避けることはせず、凪さんはそのまま俺の手に軽く頬を擦りつけた。甘える様なその仕草に、目を瞠る。
 その時だった。近くでドンッ!と地面を揺らすほどの大きな爆発音が響き渡った。パッとお互い身体が離れ、そして音がした方向へ目をやる。そう遠くない場所で煙が上がっていた。何だか、凄く嫌な予感がする。俺はそのまま煙が上がる方向へ駆け出した。

「っ、待て!」

 後ろで凪さんが制止の声を上げたが、俺は嫌な予感が拭えず、その制止を振り切った。
 宗介――そう、俺を呼ぶ声が後ろで聞こえた気がした。
[ prev | index | next ]

bkm