伝説のナル | ナノ


26

「その人は?」
「あ……」

 高校生だろうか、セーラー服に身を包んだ女の子が不思議そうな顔をして俺達の方へやって来る。そんな様子を見て、小さな日比谷さんが「馬鹿!来るな!」と焦った声で制止の声を上げた。

「なんで?」
「何でって、察しろ!こんな不審な男の傍にくんなよ!」

 グサッと言葉が胸に突き刺さった。やっぱり不審だよな。俺でも怪しいと思う。けど、今更どう繕ってもこの三人には通用しそうにないし、その上この女の子にまで疑われたら、俺どうすればいいんだろう。
 途方に暮れ、思わず肩を落とす。

「……そうかな」
「え?」
「私は、そんなに変な人には見えないけど」
「なっ」

 そう言って笑う女の子に、俺は目を瞬かせた。対する小さな日比谷さんは、わなわなと怒りに身を震わせていた。自分の心配を余所に、女の子が俺を庇うような発言をしたからだろうか、目に見えて不機嫌さを露わにした。

「どうしてそんなヤツをッ!」
「理由はないけど、でも、何となく」

 けど、そんな小さな日比谷さんの怒りを知ってか知らずか、その子はやんわりと笑うと、俺に話し掛けて来た。

「君、名前は?」
「えっと、その……」

 問い掛けられ、言葉に詰まる。皆の前で答えていいのか、それが分からなかった。

「ほら見ろ!名前も言えないようなヤツが、怪しくないなんて思えるかよ!」
「うーん。俺も怪しいとは思うけど、けど何か俺達にどうこう出来そうなほど強そうな感じしないねぇ」

 寧ろ弱っちそう。
 そう言って、小さな那智先輩は既に興味無さそうに俺を見た。その隣に立つ小さな晃先輩も、これ以上話が進展し無さそうな状況に小さく溜息を吐いていた。けど俺への警戒を解いた風でもないから、俺も気が抜けない。

「これ以上の話し合いは無意味だな」
「ああ!?何言ってんだテメェ!」
「俺も暇じゃない。害をなす存在でなければ、放っても大丈夫だろう」
「それに、仮に凪に仕掛けて行ったとしても、返り討ちに遭いそうなの目に見えてるし」

 そう言うと、二人は小さな日比谷さんに背を向け歩き出した。
 小さな那智先輩が振り返り、手を振るも、小さな日比谷さんは不機嫌な顔のまま顔を背けた。

「じゃあね尚親。お姉さんもバイバイ」
「うん。二人とも気を付けて帰ってね」
「はい、さようなら」

 遠ざかる二人の姿をぼんやりと見送っていると、隣から視線を感じ、フとそちらへ顔を向ける。すると女の子がジッと俺の顔を凝視していた。あまり女の子にそこまで見つめられたことのない俺は、思わずドギマギしてしまう。

「な、なに?」
「この辺じゃ見掛けない顔だなぁって」

 そりゃ全く違う場所から来たから、なんて言えるはずもなく、俺は曖昧に笑っといた。

「もしかして、迷子?」
「え?」
「それとも、誰か捜してるの?」

 笑顔でそう尋ねて来る女の子に、俺はホッと一息つけるような安心感を覚えた。何だかこの子、話してて凄く安心する。だがそんなほっこりする気持ちは、低い視線からヒシヒシと伝わる殺気によってすぐに覚めてしまった。

「宵、コイツに近付くな」
「なんで?困ってるなら助けてあげようよ」
「はあ!?お前、どうしてそんな無防備なんだよ!」

 全く取り入ろうとしてくれない女の子――宵さんに、小さな日比谷さんは声を荒げた。しかし、宵さんはそんな小さな日比谷さんを諭すように、目尻を下げて優しく笑った。その笑みに、今度は日比谷さんが声を詰まらせた。
 小さいとは言え、あの日比谷さんを諭せる人が居るなんて。一体、この二人はどう言う関係なんだろう。

「尚親、まず話を聞こう?疑うのはそれからでも良くない?」
「ッ、勝手にしろ!俺は知らねぇからな!」

 だが小さな日比谷さんは、宵さんの言葉を聞き、グッと唇を噛み締め、そう言い放って走り出してしまった。

「あ、尚親っ」

 宵さんが手を伸ばすも、すでにその背は遠い。そんな背中を見て、宵さんが少し寂しげに眉を下げた。何だか俺が来たせいで悪いことをした。

「あの、ごめんなさい。俺のせいで……」
「君が謝る必要はないよ。ちょっと私の言葉が足りなかっただけ。尚親が心配してくれたのは分かっていたのに」

 自身の身を案じてくれた事に気付いていたのか。なら、なんで俺の肩を持ってくれたんだ?見ず知らずの俺なんか、放っておけば日比谷さんの機嫌を損ねることはなかったはずなのに。

「なんで、君の味方をしたかって?」
「えっ」

 なんで、俺の考えてる事が分かったんだ?
 俺は目を丸くし、薄く笑う宵さんを見下ろす。

「言ったでしょ?何となくって。それに、君顔に出やすいから、隠し事とか向いてなさそう」

 そう言ってクスクスと笑う宵さん。つまり今の疑問も顔に出てたと言うことか。そう思うと何だか恥ずかしい。照れ隠しに頬をポリポリと掻いていると、横で宵さんがポンッと手を叩いた。

「ねえ、今から尚親勉強の時間なのよ」
「え?」

 いい笑顔だ。
 けど、何だろう。とても嫌な予感がする。

「ごめん。連れ戻してきてくれない?」

 そう手を合わせられては、とても断れそうにない。そもそも、見ず知らずの俺にそんなこと頼んでいいのか?
 そんな俺の疑問も、何故か宵さんには伝わっていて、笑顔で答えを返してくれた。

「君だから、頼むんだよ」

 その時は、意味が分からなかった。けど、後になって知るんだ。もう既に、運命が決まっていたことに。
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bkm