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俺が日比谷さんを見つけた時には、立っているのがやっとな日比谷さんに向かって、三年の先輩が何かを投げていた。どす黒いオーラを放つその珠を見た瞬間、背筋がゾッとする感覚に見舞われる。あの珠はヤバい。直感的にそう感じた。
もう投げられた珠を防ぐ術がなく、俺はとにかく日比谷さんに向かって走った。
「日比谷さんッ!」
そして、珠が日比谷さんに当たり、その闇が日比谷さんを包んだ瞬間、俺は日比谷さんに飛びついた。日比谷さんを助けたい、その一心だった。それがどんな導具なのかも分からず、ただ突っ込んだ。それからの記憶はない。日比谷さんを包む闇が、俺をも包み込んだ瞬間から、俺の意識は飛んでいた。だから、目を覚まし、起き上がった俺の目の前に広がる光景には酷く混乱した。
「ここ、どこだ……」
森に居た筈の俺は、何故だか閑静な住宅街に倒れ込んでいた。思わず頬を抓るが、痛い。これは夢などではない。
「日比谷さんっ、何処ですか!?」
辺りに向かって声を掛けてみるが、何処にも日比谷さんらしき人物は見当たらなかった。俺だけ別の場所に飛ばされたのだろうか。だとしたら、日比谷さんは何処に?
そもそもあれがどう言う導具かも分からない。他の場所に飛ばす導具なのか? いや、それにしてはあの導具には闇の力が強く込められていた。もっと導具の勉強をしておけばよかった。そうすれば、こんな時にでも機転を利かすことも出来る筈なのに。思わず頭を抱え、その場に座り込んだ俺の目の前に、小さな影が三つ伸びてきた。誰か来た。
バッと勢いよく顔を上げ、その姿を確認する。まさか人と遭遇するとは思っていなかった。せめて此処が何処なのか聞ければいい。そう思って顔を上げたのだが、目の前に立つ三人の子供を見て、俺は固まった。
「え……」
「おにーさん、具合でも悪いのー?」
「救急車呼びますか?」
「つーか、俺の名前なんで知ってんだよ」
間違いない。小さな姿でも、見間違えるはずない。
でも、どうして?
「那智先輩、晃先輩、日比谷さん……」
何でこの三人が、子供の姿で俺の前に立っているのだろう。
*
「落ち着いたー?」
「え、あ、はい」
三人の登場で更に混乱した俺は、その場に蹲ったまま固まってしまった。何で、どうしてと自問自答を繰り返し、徐々に冷静さを取り戻した俺は、みっともない俺の姿を困惑した様子で見つめる幼い姿に、また頭を抱えたくなる。けど此処で取り乱したら、今度こそ怪しまれてしまう。何とか平静を装い、俺は小さな手を差し伸べてくる那智先輩の手を掴んだ。
「何で敬語なの?」
「え、いや、その……」
「それに、挙動不審だ。俺達の名前も知っているようだし」
ハッキリとした物言いに不審な目。俺は思わずウッと声を詰まらせる。何で敬語かと言われても、いつもお世話になっているので、などとこの姿の先輩達に言っても大丈夫なのだろうか。そもそも、これは過去なのか?それとも、導具によって創り出された全く過去と関係のない世界?だとしたら、この先輩達は偽物?
どちらにせよ、まだ俺と言う存在を知らない先輩達に、馬鹿正直に名乗っても逆効果な気がする。俺は取り敢えず立ち上がり、自分より小さな先輩達に頭を下げた。
「ど、どうもありがとう。急に立ち眩みがして……」
「倒れてるかと思ったら急に立ち上がって尚親の名前を呼んでるし、かと思えばまた座り込むし、どうしたのかと思った」
「え、と。それは……知り合いを捜してて……」
「誰だよそれ」
苦し紛れの言葉は、どんどん自分の首を絞めていく。どうしよう、みんなが不審がっている。それもそうか。俺でも、目の前にそんな人が居たら、声を掛けようか迷ってしまう。それなのに具合が悪いかと思って声を掛けて来てくれた先輩達は、やっぱり昔から優しかったんだな。
とは言え、捜しているのは大きな日比谷さんであって、目の前の小さな日比谷さんではない。しかもそれをハッキリと言えないので、何とも気まずい。どう誤魔化そうか、それを必死に考えた俺は、どんどん嘘を重ねていく。
「えっと……その、実は、凪さんを……」
「凪ッ!?」
その言葉に驚いたのは、全員だった。しかもその瞬間、ピリッと刺す様な感覚が肌に伝わる。目の前に立つ三人が、何故か臨戦態勢だ。俺は「え?え?」と三人の顔を見回す。
「おにーさん、凪を捜してどーすんの?」
「ど、どうって?」
「凪を捜してるヤツに碌なヤツはいない」
「お前、アイツを殺るつもりか?」
子供とは思えない威圧感を放つ三人に、俺は圧倒されっぱなしだ。このまま嘘を貫くと、きっと碌な結果にならない。ならどうすればこの疑いの目を晴らせるんだ。ダラダラと内心冷や汗を流しながら、必死に思考を巡らせていた時だった。
「あ、尚親。おかえりー」
この場の張り詰めた空気に似合わない、ホンワカした女性の声によって、三人の意識が逸れた。そして今気付いたのだろうか。皆の雰囲気がいつもと違う事に気付いた女性は「え?どうしたの?」と首を傾げていた。
そんな中、何処となく嬉しそうな小さな呟きが聞こえた。
「宵……!」
そう呟いたのは、小さな日比谷さんだった。