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「日比谷さん!サポートします!」
正直、凪さん相手に俺が敵うはずない。手だって震えてる。けど凪さんに勝とうとするんじゃなくて、この場を切り抜けさえすればそれでいいんだ。周りで見ていた人達も、此処を切り抜けなきゃいけないのは一緒な為、皆武器を構え始めた。数では有利な筈なのに、全く敵うビジョンが見えてこないのは、やはり相手が最強の魔導士だからだろうか。
でも、皆でやったらもしかして……そんな、僅かな希望が胸の中で芽生えた瞬間だった。
「うぜぇ……」
「え?」
「うぜぇんだよ!どいつもこいつも!そこの化け物の相手は俺一人で十分だッ!!」
「けどっ」
「足手纏いが、邪魔なんだよ!」
物凄い剣幕でそう捲くし立てた日比谷さんは、素早く立ち上がると、そのまま再び凪さんの方へと駆けだした。そんな日比谷さんを見て、凪さんの言った意味が分かった気がした。そう、何処か日比谷さんは焦っているように見える。一緒に居た時間なんてほぼないに等しい俺でさえ、日比谷さんの焦りが見て取れる。何が日比谷さんをそんなに掻き立てるのだろう。
「そこまで馬鹿になったとは思わなかった」
「……!」
「足手纏いは誰なのか、その身に教えてやるよ」
日比谷さんが突き出した拳を避けた凪さんが、そのまま日比谷さんへ反撃する前に、俺は矢を放っていた。しかしそれが当たる前に日比谷さんへ一発叩き込んだ凪さんは、そのまま矢を避け俺の方へ向かってきた。
「貴方が庇う程のヤツではないのですが、試験に関して手を抜くつもりはありません」
例え、貴方が相手でも。
そう言った凪さんが飛び上がり、そのまま刀を振り下ろしてきた。一連の動作はどれも素早く、とてもじゃないが俺がこの刀を避けるのは難しいだろう。けど、一つだけある。凪さんの攻撃を避ける方法が。彼と同じ方法なら、避けられる筈だ。
「――!」
一か八かに賭けた。前とは違って集中する時間も与えられておらず、成功するかも分からない。失敗したらそれで終わりの賭けだったが、どうやら俺は賭けに勝ったらしい。訪れる筈の痛みが来ない、それは俺がテレポートの魔導を無事に発動することが出来た証だ。凪さんと距離をとるため移動した木の上で、俺は今までに感じた事のない高揚感を感じていた。こんなに自分の魔導が安定しているのは、今までにない事だから嬉しい。最近調子がいいから尚更。
まさか俺が凪さんと同じ魔導を使うとは思っていなかったのか、周りがどよめいた。日比谷さんも驚いているのか、声を出せずにいた。
「おまえ……」
「流石ですね。もうこの魔導も安定して使えるとは」
そんな中、凪さんだけは俺の高揚感を感じ取ったのか、今この状況に相応しくない賛辞の言葉を俺に投げ掛けた。それに対して俺は、純粋に褒められたことが嬉しくてつい顔を綻ばした。凪さんに褒められるのは嬉しい。何より、俺を認めてくれる相手だからこそ、少しでも成長を見せたいと思っていたから。
緩んだ顔を中々締められずにいると、何処からか低く呟く様な声が聞こえた。
「なん、だよ」
「……日比谷さん?」
日比谷さんだ。日比谷さんが、凪さんを見て呆然と何かを呟いている。信じられない物を見るかのような、そんな目をして。
「なんでだ、なんで俺は……」
そして徐に、自分の手に視線を移す。その目に、絶望の色を宿して。
それを見て、思わず俺は日比谷さんの方へと駆けだした。
「足手纏いは、俺、なのか」
そう呟いた瞬間、日比谷さんはある一点を見て固まった。
*
目の前の光景が信じられない。
俺は、凪の更に後ろにぼんやりとした姿で立つ女を見て固まった。
『尚親』
何でお前が此処に居る。
どうして、なんで。お前は死んだ筈なのに。
俺が、殺してしまったのに――。
『尚親』
そんな風に笑って、俺を呼ぶな。
笑うな、笑うな、笑うな。
俺を許してくれると、勘違いしそうになる。
『許すわけないじゃない』
そのままの声で、そのままの姿で、そいつは俺へと手を伸ばす。
『人殺し』
死んで償いなさいよ――。
その瞬間、目の前が真っ赤に染まった。